東日本在住の一般市民が2012年春に着用した不織布製マスクに付着した放射性セシウムおよびスギ花粉数を測定した。このセシウム花粉の飛散によって放射性セシウムが大気中に再拡散され、一般市民が吸入して内部被ばくを引き起こすことが懸念されて、社会的な関心事となった。しかし、東京大学アイソトープ総合センターの研究によって、「セシウム花粉」の内部被ばく影響は砂埃に比べて無視できるほど小さいことが判明した。
東京大学アイソトープ総合センターの桧垣正吾助教らの研究グループは、東日本在住の一般市民68名が2012年2月19日~4月14日の8週間実際に着用した市販の不織布製マスクに付着した放射性セシウム(福島県および東京都在住の方についてはスギ花粉数も)の量を分析して、吸入による内部被ばくを引き起こす可能性のある放射性セシウム源は、スギ花粉ではなく、砂埃とみられる物質によるものであることを明らかにした。
被験者は、福島県および東京都在住各10名、青森・ 岩手・宮城・秋田・山形・茨城・栃木・群馬・埼玉・千葉・神奈川・静岡の各県在住各4名の合計68名であった。年齢は20歳から59歳、68名のうち男性27名、女性41名であった。マスクは、少なくとも1日ごとに新品に交換して着用してもらった。
マスクに付着した放射性セシウムは、各人が各1週間に着用したマスクを1試料とし、ゲルマニウム半導体検出器により測定した。測定時間は1試料あたり6時間で、検出できる最小値は137Cs、134Csそれぞれ0.2 Bqであった。
その結果、検出された放射性セシウムが最大となったのは福島県郡山市在住の男性で、8週間の合算で137Csが21±0.36 Bq、134Csが15±0.22 Bqであった。国際放射線防護委員会(ICRP)のICRP Publication 68に示された実効線量係数を用いて、この男性の調査期間8週間の吸入による内部被ばくを算定すると、0.494μSvであった。この放射性セシウム量の付着が調査期間以外も継続すると仮定して年間の内部被ばく線量を見積もると、0.494μSv÷8週×52週=3.2μSvとなり、年間の公衆の被ばく限度である1mSvの310分の1であったという。
また、福島県在住の被験者で放射性セシウムが検出されたのは9名で、8週間の吸入による内部被ばくの平均は0.062μSvと算定された。また、東京都在住の被験者で放射性セシウムが検出されたのは4名で、8週間の吸入による内部被ばくの平均は0.004μSvと算定された。福島県以外の都県では、それぞれの在住都県毎に統計的に有意な差は認められなかったという。
スギ花粉は、測定した全てのマスクから検出されたが、マスクに付着した放射性セシウム量とスギ花粉数との間の相関の強さを示す相関係数は、福島県在住のグループで0.35、東京都在住のグループで0.41となり、中程度の相関の強さであった。
そして、検出された放射性セシウムがスギ花粉由来であるかを調べた次の手法によって確かめた。まず、イメージングプレートによる放射性セシウムの分布を観察し、放射性セシウムがある部分に花粉があるかどうかを確認した。次に、スギ花粉数を計数するため集塵した濾紙を、再度放射能測定し、集塵後のマスクを、再度放射能測定した。そして、集塵後のマスクを、再度光学顕微鏡で観察した。
その結果、一般市民に吸入による内部被ばくを引き起こす可能性のある放射性セシウム源はスギ花粉(特徴的な形状)ではなく、砂埃とみられる不定形の物質によるものであることを示した。これは、砂埃の吸入を防ぐことにより、さらに内部被ばく線量を低減できることを示唆しているという。
他県に比べて付着した放射性セシウム量が有意に高かった福島県では継続的な調査が必要と判断したため、この調査は、2013年春、2014年春にもそれぞれ対象者20名、期間4週間の規模で継続しているという。(編集担当:慶尾六郎)