日本はすでに、世界でも類のない超高齢社会に突入している。日本の人口は減少の一途を辿っており、その一方で平均寿命の延長から高齢化率は上昇。二人に一人が65歳以上の高齢者という時代が、もうそこまで到来している。そんな日本では今後、介護の問題はますます深刻になってくる。介護施設や介護者の不足、老老介護など、課題は山積みだ。
これらの課題に対し、人の脳活動情報を読み解き、住宅機器や家電機器を操作するという、課題解決にも通ずる興味深い研究がある。2011年より株式会社国際電気通信基礎技術研究所(以下ATR)、日本電信電話株式会社(以下NTT)、株式会社島津製作所、積水ハウス株式会社、学校法人慶應義塾が共同で取り組む「ネットワーク型ブレイン・マシン・インタフェース(以下BMI)」という技術だ。
人が何かを考えたり、動こうとしたりするとき、人間の脳内では微弱な電流や血流の変化が生じる。これを計測し、解析するのがこのBMIという技術だ。中でも島津製作所が開発したBMI技術は、電位変化を計測するEEGと、脳の血流の変化を計測するNIRSを併用することで、より複雑な情報を統計処理し、脳活動の機微を高精度に判別することに成功している。
12月4日、ATR(京都府精華町)において、一般の住環境を再現した「BMIハウス」で、BMIによる最新実験が公開された。デモンストレーションでは、実際の生活空間の中で頭部にBMIシステムを装着し、車椅子に乗ったスタッフが要介護者役として登場。それぞれの機器に触れることなく、脳活動によって、電動車椅子で室内を移動し、手に持った棒で対象物を指し、頭で念じるだけで、テレビや照明のスイッチを入れたりエアコンを作動させるなど、まるで念力のような動作を披露した。さらに、両腕が動かない想定の要介護者が動作をアシストする機器を装着し、キッチンから水を注ぎ、飲むといったシーンも披露するなど、身体の不自由な人たちの生活において不可能が可能となる期待を大いに感じさせた。
BMIの技術開発自体は世界的にも進められているが、今回公開されたBMI技術の最大の特長は、従来のBMIに比べ、強く念じなくても日常生活の中の「自然な脳活動」で利用することができる点だ。これは、研究施設という限られた場所ではなく、積水ハウスが施工した一棟の住宅を用い、実際の利用を想定した生活環境での実験を繰り返したことで確立できたという。また、それを可能にするネットワークエージェント基盤技術の開発にあたったNTTでは、プログラムやそれが用いるデータを「エージェント」と呼ばれる部品に分割することで、利用者のプライバシーに配慮し、個人情報である脳情報を状況に応じて、自宅の中のみでの解析・制御、クラウド上での大規模データとの利用など、動的に組み合わせ、活用することができるBMI支援を実現した。また、小型軽量化にも成功したことで、一般住宅などでの実用化の可能性が飛躍的に高まっている。
さらに、自然な脳情報の解析によって、要介護者の不快感などの情動状態を検知し、介助者に伝えることもできる。要介護者を車椅子からベッドに移乗させるデモンストレーションでは、介護の際の不快感や不安感が照明の色の変化によって示され、介護者はそれを見ながら作業を行っていた。この技術により、例えば遠方に住む子世帯のテレビ画面に親の情動状態を段階別のイラストでモニタリングしたり、照明の色を変化させたり、親(要介護者)が強い不快感を感じた場合にはスピーカーから警告音を鳴らしたり、装置からアロマが噴出したりして知らせたり、さまざまな形で情動コミュニュケーションに基づく生活支援を行うことができる。とくに面白いのが「香り」を利用したシステムだが、これの開発を担当した積水ハウス・総合住宅研究所の近藤雅之課長は「モニターや照明の変化、音などはその瞬間を逃すと気づかない可能性があるが、香りならしばらく残り香が滞留するので気づきやすくなる」と開発の意図を語った。
開発チームでは、精度の向上や軽量小型化、さらには在宅リハビリテーション支援なども視野に入れた各種サービスの実用化を目指している。各企業や学術機関がそれぞれの技術を高めているだけでは、実用化へ向けての課題や必要な技術は生まれてこない。この開発の成功にはそれぞれの垣根を超えて共同で取組むことが必要不可欠だ。高齢者が自宅でいつまでも元気に暮らせる社会の実現のためにも、このような取組みが拡がっていくことに大いに期待したいところだ。(編集担当:藤原伊織)