人間の脳は経験によりどのように学習するのだろうか。人間が経験を通じて学習できるのは、脳回路内の神経細胞同士のつながりであるシナプス結合の強さが動的に変化する「可塑性」という性質を持つため。これまでの研究から、脳回路の中で頻繁に使われたシナプス結合がより強くなり、あまり使われなかったシナプス結合がより弱くなるという「ヘッブ型可塑性」によって、学習が進むと考えられてきた。一方で、神経活動が極端に弱まったり、強まったりするのをシナプス結合の強さを調節して防ぐ「整調型可塑性」という仕組みが存在する。しかし、性質の異なる2種類の可塑性がどのように相互作用をして学習が成立するのかは、明らかになっていなかった。
これを受け、独立行政法人理化学研究所は23日、経験による脳回路の変化を担っている時間スケールの異なる2種類のメカニズムが、相互に調節し合いながら働く仕組みを組み込んだ新しい理論モデルを確立したと発表した。これは、理研脳科学総合研究センター神経適応理論研究チームの豊泉太郎チームリーダーと、米国コロンビア大学理論神経科学センター、同大学カブリ脳科学研究所のケニス・ミラー教授、およびカリフォルニア大学サンフランシスコ校の金子めぐみ研究員、マイケル・ストライカー教授らによる共同研究グループの成果である。
共同研究グループは、左右の眼からの入力情報のうち、どちらが大脳視覚野において優先的に処理されるかが経験とともに変化する現象(「眼優位性」の可塑性)に着目した。まず、眼優位性の可塑性を説明するために提唱された既存の理論モデルでは、その可塑性を、忠実には再現できないことを示した。2種類の可塑性の時間スケールが異なるため、整調型可塑性がその役割を果たさず、神経活動が高くなりすぎたり、低くなりすぎたりしてしまうことが理由だという。
共同研究グループはこの理論モデルをより現実に近づけるため、ヘッブ型可塑性と整調型可塑性の時間スケールの違いと、それらを担う分子メカニズムを考慮した新しい理論モデルを考案した。この新モデルによって、2種類の可塑性に関わる分子の依存性も含め、眼優位性の可塑性の実験結果を忠実に再現することができた。
経験による脳の変化を司る2つの可塑性が相互に調整しながら働くメカニズムが明らかになったことにより、今後、脳の学習や成長のメカニズムの理解が加速することが期待できるとしている。(編集担当:慶尾六郎)