人の脳の中では、無数の神経細胞が「シナプス」を介して互いに結合し、記憶・学習に必要な神経回路を形成している。近年、発達障害や精神疾患の原因の1つとしてシナプスを基盤とした神経回路の障害が疑われているという。しかしシナプスがどのようにして形成、維持、あるいは除去されるのかについては、未解明な点が数多く残されている。
今回、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業において、慶應義塾大学医学部 生理学教室の柚﨑通介教授と掛川渉専任講師らは22日、神経回路が選択的に形成・維持されるのに必須なたんぱく質を発見したと発表した。
この研究グループは、マウスを用いた実験により、神経細胞が分泌するC1ql1(シーワンキューエル1)と呼ばれるたんぱく質が、生後発達時の小脳において正しいシナプスを選択的に強化することを発見した。また、成熟後にC1ql1を除去すると、いったん形成されたシナプスが失われ、小脳神経回路による運動学習が著しく障害されることが分かった。
C1ql1に類似したたんぱく質は小脳以外のさまざまな脳部位にも存在し、それぞれの神経回路において機能すると考えられるという。このため、同研究の成果は、記憶障害や精神疾患の原因解明と治療法開発に役立つことが期待されるとしている。
今後、JSTはこの領域で、脳神経回路の発生・発達・再生の分子・細胞メカニズムの解明をすすめる。さらに個々の脳領域で多様な構成要素により組み立てられた神経回路がどのように動作してそれぞれに特有な機能を発現するのか、それらの局所神経回路の活動の統合により、脳が極めて全体性の高いシステムをどのようにして実現するのかを追求する方針だ。またこれらの研究を基盤として、脳神経回路の形成過程と動作を制御する技術の創出を目指す。 (編集担当:慶尾六郎)