19年ぶりに鈴鹿8耐でヤマハが勝てた5つの理由

2015年07月28日 09:26

鈴鹿8耐でヤマハが19年ぶりに念願の優勝を果たす!

何が起こるかわからないと言われる鈴鹿8耐を制したのは、ヤマハファクトリーレーシングチームだった。

 今年の鈴鹿8耐では、ヤマハが19年ぶりに優勝を手に入れた。2年連続優勝のMuSASHi RT HARC-PRO.や、常勝組であるF.C.C. TSR Honda、チームヨシムラ・スズキなどを抑え、安定した速さを見せてくれたヤマハだが、勝因はどこにあったのだろうか。

 ■13年ぶりにファクトリー体制で挑んだこと
 ファクトリーとはメーカー直系のワークスのことで、最新のマシンやパーツを使うことができる。当然、自社開発したマシンを使用しているだけに、マシンに熟知したスタッフがいて、プライベーターよりも有利だけに好成績を収めることが多い。ヤマハは13年ぶりにファクトリー体制で挑んだのが優勝に導いてくれた一つの理由だ。

 ■MotoGP現役若手ライダー&ベテラン国内トップ選手の投入
 2年連勝しているMuSASHi RT HARC-PRO.は、前年優勝した高橋巧、マイケル・ファン・デル・マークに加え、MotoGPの元チャンプであるケーシー・ストーナーを投入してきた。対するヤマハはMotoGP現役ライダーであり、2014年ランキング6位のポル・エスパルガロ(24歳)と、8位のブラッドリー・スミス(25歳)、それに全日本チャンプの中須賀克行(33歳)を起用。決勝前日のトップ10トライアルでは、ポル・エスパルガロが2分6秒ジャストというすさまじいタイムを叩き出し、それに応えるように中須賀も6秒059を記録し、決勝でのポールシッターを獲得した。

 また、中須賀の存在は大きいだろう。二輪ロードレース国内最高峰であるJSB1000(全日本ロードレース選手権)で、前人未到の5回ものチャンピオンを獲得し、現在も4連覇にリーチがかかっている国内最速の男。そんな中須賀だが、鈴鹿8耐は7回出場し、過去4位が最高と辛酸を嘗めてきた。だからこそ、今回にかける意気込みは相当なものだったに違いない。

 決勝戦では、中須賀がスタートでエンジンがかからず20位と順位を下げるものの、ファステストラップを刻み、2人の選手も9秒台を連発する。3人のアベレージスピードが近くリズムもあっていたために、あっという間に首位に立った。2人のGPライダーが20代という若さながら、冷静沈着にレース運びをし、アグレッシブに攻める時と、タイヤや燃料を温存する緩急あるクレバーな走りをするなど、現役GPライダーの底力を見せてくれたのも良かった。

 ■吉川和多留監督の采配
 1994年、1999年の全日本ロードレース選手権スーパーバイククラスチャンピオンでもあり、数々のレース経験が豊富な吉川監督。YZR-M1の開発ライダーを務めているだけに、新型YZF-R1の素性もよく理解している1人だ。プライベートテスト走行で、初の鈴鹿であり初のYZF-R1試乗というGPライダー2人に対し、中須賀に対して、2人を引っ張りながらラインを確認させるなど指示。決勝レース中にもっとも印象ぶかかったのが、セーフティカーランの間、ライダーがタンクに覆いかぶさるように身をかがめていたことだろう。燃料消費を抑えるため、極力空気抵抗を少なくする作戦だ。灼熱のサーキットで、しかもスピードレンジが低い時にこれをやるのはライダーにとっては相当な負担を強いられる。ヤマハの選手たちだけがこの苦行とも言える行動をとっていたのには、勝つためにはどんなことでもするという信念の現れだ。だが、課題もあった。ピット作業が20秒以上かかっていたことだ。ヨシムラやTSR Hondaが13秒と驚異的なスピードだったことからも、今後はファクトリーとしての意地を発揮して欲しい。

 ■フルモデルチェンジしたYZF-R1の素性の素晴らしさ
 8耐の場合、給油やタイヤ交換、ライダー交代などで、ピット回数は必然的に7~8回となる。当然、7回のほうがタイムロスを防げるのだが、実はYZF-R1は燃費がネックだった。だが今回、他のチームが1スティントを24周でピットインしたのにもかかわらず、なんとヤマハだけは28周まで引っ張ったのだ。これは新型YZF-R1の燃費が飛躍的に伸びたことを証明し、周りのチームにとってもサプライズだった。絶対的な速さと燃費の良さの相反する性質を持ち合わせた新型YZF-R1は、他のマシンとくらべて大きなアドバンテージだった。

 ■運
 当日、コース上は気温35℃、路面温度が60℃にもなり、8時間の長丁場では集中力を保つことが難しく転倒が相次いだ。なかでもスタートから1時間ほど経過した時に起きてしまった、ケーシー・ストーナーのクラッシュは衝撃的だった。幸い肩と脚の骨折だけですんだのだが、これで独走だった優勝候補のMuSASHi RT HARC-PRO.は姿を消すことになった。その後も相次ぐ転倒で計6回ものセーフティカーが入ったのだが、ヤマハはイエローフラッグを見逃したことにより、30秒のストップ・アンド・ゴーペナルティを受けてしまったものの、マシントラブルや転倒がなくタイムを縮めることに成功している。昨年の鈴鹿8耐は開始直前にゲリラ豪雨に襲われ、史上初のスタートディレイとなり、6時間55分耐久になるなど、いくらライダーやマシンが優れていたとしても、不測の事態が起きてしまうのが、鈴鹿8耐の難しさといえる。

 今年は盤石の構えで鈴鹿8耐に挑んだヤマハファクトリー。創業60周年の記念の年だけに、チーム、ライダー、スポンサー、そしてヤマハファンが一体となったことも、勝利に導いてくれたのだろう。(編集担当:鈴木博之)