1990年代後半。円高が進むにつれ、日本経済は大きく揺れ始めた。その影響が最も顕著に現れたのが自動車業界だ。自動車メーカーは設備投資をおさえはじめ、産業用ロボットの導入も減少していく。そもそも、この頃になるとすでに製造工程のほとんどにロボットが導入されてオートメーション化されており、どちらにしても新しいロボットを導入する余地は少なくなっていた。
そんな背景もあり、90年代後半からはとくに、日本の産業ロボットメーカーは海外に目を向けた動きを活発にしていく。産業ロボットの世界シェア一位を誇る安川電機<6506>も、ロボット出荷台数のうち、8割近くを海外の自動車メーカー向けにシフトしており、近年ではとくに中国を中心とするアジア圏での需要を伸ばしている。
とはいえ、いずれこれらの国々でも、日本と同じ状態になるのは目に見えている。現在は堅調でも、生産設備に一通りロボットが導入されてしまえば、新規需要ではなく更新の需要に移行していくのは避けられない。つまり、長期的な安定を考えれば、産業ロボット業界は今の内に「脱・自動車」を掲げ、新市場の開拓に動く必要に迫られている。
産業ロボットの新市場はいくつか考えられるが、ポスト自動車の一つとして期待されているのは、人の生活をサポートする「サービスロボット」市場である。少子高齢化社会が進む中、とくに介護や福祉、医療の分野でロボットの導入が進み、今後の成長が期待されているのだ。
2010年に経済産業省と新エネルギー・産業技術総合開発機構NEDOが発表した市場予測によると、ロボット産業の国内生産量は、2020年には2.9兆円、2035年には9.7兆円まで成長すると見込まれている。このままいくと、2020年前後には、ロボット需要の大半を占める製造分野のロボットとサービス分野のロボットの割合が逆転するという見方もある
ここ数年で爆発的なヒットを飛ばしているサービスロボットに、アメリカで開発された家庭用自動掃除ロボットの「ルンバ」がある。これまでも、サービスロボットの実用化は早くから期待されていたものの、研究開発や実証実験ばかりが繰り返されるだけで、市場で本格的に普及することはなかった。それが、この「ルンバ」の登場によって、一気に「一般家庭用ロボット」が身近で現実的なものとなったのだ。
ところが、せっかく「サービスロボット」の道が拓けても、わが国には邁進できない大きな問題がある。残念ながら「ロボット大国・日本」には、ロボット開発に対する国策というものがないのだ。莫大な開発費がかかるロボット業界で、メーカーが個々の体力だけで開発を行なうのは限界がある。その結果、海外からは実用的なサービスロボットが徐々にリリースされて成功をおさめているのに対し、メイドインジャパンのサービスロボットが現れてこないのだ。
国策がないことは、金銭的な面だけに影響するものではない。国策でロボット産業を推進する姿勢がないから、どうしても規制の法律が優先されてしまう。たとえば、「Segway」はいまだに公道を走れないし、リハビリロボットに対しても保健は適用されず、自費扱いになるためになかなか普及しない。レスキューロボットを開発しても配備される見通しもなく、家庭用ロボットも、安全面の取り決めも曖昧なのでメーカーも開発にしり込みしてしまう状況となっている。
これでは、市場は成長するどころか萎縮するばかりだ。世界的に期待が高まっているサービスロボットの巨大な市場をみすみす逃してしまうことにもなりかねない。自動車、テレビの市場を他国に譲ってしまった挙句、ロボットの市場までも奪われてしまわないように早急に手を打ってほしいものだ。(編集担当:藤原伊織)