精子と卵子が受精する際に、遺伝子の働きを制御する化学的修飾(DNAメチル化)がダイナミックに変動することが知られている。このようなDNA配列の変化を伴わない遺伝子発現制御はエピジェネティクスと呼ばれ、環境由来化学物質はヒト精子のエピジェネティクスに大きな影響を及ぼす可能性があると考えられている。実際、男性不妊症患者は世界的にも漸増傾向にあるという。
東北大学大学院医学系研究科の有馬隆博教授のグループは、同研究科の仲井邦彦教授のグループと共同で精子異常による男性不妊と環境由来化学物質の関連性を解明した。
低用量の環境由来化学物質の長期ばく露は、ヒトの精子や卵子といった生殖細胞系列、および精巣や卵巣といった生殖腺に対して深刻な影響を及ぼす危険性をはらんでいる。そのため、化学物質のヒトへの影響を明らかにすることは環境保全上の重要課題であり、早急な対応が求められている。中でも環境残留性と人体への強い有害性が問題となっているPCBは内分泌かく乱作用があり、PCB ばく露に伴い、精子数の減少、運動率の低下など数多くの報告がある。
ヒト精子では受精時において、遺伝子の働きを制御するDNAメチル化といった化学的修飾(エピジェネティックな修飾)がダイナミックに変動する。この時期は非常に感受性が高く、環境化学物質が精子のエピジェネティクスに影響すると、その効果は受精卵まで影響を及ぼす可能性が十分ある。このエピジェネティック修飾は、生殖細胞形成過程の「細胞の記憶」として知られており、この機構の破綻は、先天性疾患に限らず乳幼児の行動・発達の異常や成人疾患にも影響を与える。
研究では、PCBがヒト精子のエピゲノム異常に関与し、男性不妊症に影響するのではないかという仮説のもとに、年齢、生活習慣などの交絡要因を加味して解析した結果、ヒト不妊症患者の血中PCB濃度と精子の形態的・機能的異常との関連性を立証した。研究の成果は、ヒト男性不妊症の原因と病態解明、治療法開発に役立つと期待されるという。また、世代を超えたエピジェネティック情報の継承を理解するための手掛かりとなる可能性がるとしている。
研究は、環境研究、技術開発推進費における研究課題「エピゲノム変異に着目した環境由来化学物質の男性精子への影響に関する症例対照研究」の一環で行われた。(編集担当:慶尾六郎)