これまで、培養した細胞を用いて遺伝子の機能を調べるには、標的となる遺伝子の発現を弱めた細胞を作製し、通常の細胞と比較する方法が用いられてきた。一般的に標的となる遺伝子の発現を弱めるには、RNA干渉法や薬剤が使われるが、遺伝子の発現を完全に止められるわけではなく、また薬剤には標的以外の遺伝子にも影響をおよぼすなどの課題があった。
この課題を解決するために、今回富士フイルム<4901>は、最新のゲノム編集技術「CRISPR-Cas9」を活用し、標的の遺伝子を完全に欠損(KO)させたヒト表皮細胞を用いて表皮モデルを作製する技術開発に取り組んだ。
同社はこれまで、化粧品の研究開発ツールとして、ヒト表皮細胞を培養して作製した、生体の構成により近い三次元表皮モデルの活用を進めてきた。今回開発した技術を活用し、加齢による肌の乾燥やシワなどと関連する特定の遺伝子を欠損させることで、加齢による皮膚状態の変化を三次元表皮モデルで再現できるという。同社は、この技術を活用して、表皮形成における個々の遺伝子の機能に関する研究をさらに推し進め、その研究成果を今秋発売するエイジングケア領域の機能性化粧品に活用する予定。
今回の研究では、「CRISPR-Cas9」を用いて編集する標的の遺伝子を、表皮細胞の増殖に関与することが知られている成長因子の1つであるインスリン様成長因子「IGF-1」の受容体「IGF-1R」とした。この受容体「IGF-1R」は、IGF-1を受け取って、表皮細胞に増殖シグナルを送る役割を担っている。この機能を停止させる遺伝子編集を行うことで、表皮形成時に増殖シグナルがもたらす影響を確認した。
IGF-1Rを狙って編集できるように調整したCRISPR-Cas9を使って、培養したヒト表皮細胞のゲノムを編集し、ゲノム編集の有無を電気泳動法で検証したところ、目的通りにゲノムが編集できていることが確認できた。その後、ゲノム編集した細胞を増殖させ、ウェスタンブロット法でIGF-1Rタンパク質の有無を調べたところ、増殖した細胞において同タンパク質が完全に欠損していることが確認できた。
そして、IGF-1R KO細胞と通常の表皮細胞の三次元表皮モデルを作製した。培養開始から14日後にそれぞれの切片を観察したところ、IGF-1R KO細胞を用いた表皮モデルは、通常の表皮細胞の表皮モデルに比べて、表皮厚が約半分程度になり、また細胞の分化も低下することが明らかになった。これは、IGF-1Rが欠損したことにより、インスリン様成長因子1「IGF-1」がIGF-1Rに受け取られることで生じていた細胞増殖を促すシグナルが細胞内に伝達されなくなったためと考えられるという。このことから、IGF-1Rが発する増殖シグナルが表皮層の形成に重要な役割を果たすことがヒト由来細胞で確認できた。
CRISPR-Cas9により作製した特定の遺伝子を欠損させた表皮細胞は、細胞分裂後も永久に変異が引き継がれるため、欠損した状態を安定的に維持した長期培養が可能となる。また、この技術により遺伝子を欠損させて、意図的に疾患を持った皮膚モデルを作製することも可能になるとしている。
富士フイルムは、この研究成果やジャパン・ティッシュ・エンジニアリングなど同社グループ会社が推進する再生医療分野で得られた皮膚のメカニズムに関する研究成果を、積極的に機能性化粧品の開発に応用していく方針だ。(編集担当:慶尾六郎)