憲法改正と今を生きる世代の使命

2017年05月13日 09:41

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国民一人一人が憲法を学び、子孫に責任の持てる判断を自らできるよう、ここ数年間は特に一人一人努力することが必要だろう。

 安倍晋三総理が「自民党総裁として」読売新聞のインタビューに答えた憲法改正に対する考え。安倍総理は国会で「読売新聞を熟読してくださいよ。総理の立場では答弁できない」と答弁を避け、総理・総裁の立場を峻別する。

 新聞見出しには「安倍首相インタビュー全文」と掲載されているが、この見出しは「自民党総裁インタビュー全文」でなければ峻別しているとは言えない。読売新聞側の間違いと受け取ったうえで、5月3日付けの新聞を購入し、読んでみた。

 安倍総裁は「特に憲法9条(戦争の放棄)の1項(日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する)、2項(前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない)をそのまま残し、自衛隊の存在を記述する。どのように記述するかは議論してもらいたい」と語り、『自衛隊を合憲化することが私の世代の使命ではないか』と総裁としての新しい提案をしている。

 憲法9条2項の規定を文字通り読めば、自衛隊は実力行使部隊であり、海外からは「軍」に位置付けられ、違憲的存在になることは否定できない。しかし、だからといって自衛隊は違憲の存在であり、解体すべきという「自衛隊否定派」の国民は少ないだろう。

 それは、リスクを背負いながら大規模災害や国連PKO活動にあたる自衛隊の存在意義を認め、評価する面が高いからであり、領土・領空・領海の侵犯を防ぐための緊急発進の頻度をみても、存在を肯定する必要があることを国民が、この憲法施行70年の歩みのなかで理解してきたからだろう。

 一方で『専守防衛の厳格化』『集団的自衛権の拡大解釈を絶対に許さない厳格な担保』規定をどう定めていくのか。憲法解釈上「自衛隊」をまさに「自衛隊」の枠内で、どのように、1項、2項に矛盾しない位置付けで規定し、憲法と矛盾する存在ではなく、憲法の平和主義に則した存在とするのか、「存在させるための国民的議論をする余地」はあるように筆者も感じる。

 インタビュー記事を読んで筆者が気になったのは、改正された憲法を2020年に施行させたい安倍総裁の思いより、「緊急事態条項」の創設だった。

 安倍総裁は「緊急時に国民の安全を守るために、国や国民がどのような役割を果たし、国難を乗り越えていくかを憲法にどう位置付けるかという・・・」と語っている。

 緊急事態において、国がどのような役割を果たすかを憲法に定めることは議論すべきだが、国民がどのような役割を果たすのか、という発想からは、安倍総裁は、国民に義務を課す考えであることがうかがい知れる。

 自民党の憲法改正草案では「9条3項」に「国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない」と、主語は「国」になっているものの、これは国民に協力する義務を課すのであり、言い換えれば「国民の国防義務」規定にもなっている。

 徴兵制を引き合いに出せば、徴兵制をとって戦える時代ではない、と必ず否定的な声があがるが「徴兵制はとることはできない」と憲法で規定するなどの担保がなければ、その危険はゼロとは言えないのが現実だ。

 実際、草案作りの過程で、党内で国を守る義務を規定すべきではないかとの議論が出た際、その具体的内容として徴兵制についても問われることになるため、憲法上、規定を置くことを避けたといわれている。その言い換えが「国が国民と協力して」との表現になったといわれている。

 読売新聞のインタビューで安倍総裁が憲法改正で本丸としているのが「憲法9条」であることがより鮮明になった。国民一人一人が憲法を学び、子孫に責任の持てる判断を自らできるよう、ここ数年間は特に一人一人努力することが必要だろう。「憲法をどう判断するか、憲法改正への発議が万一出される事態になったとき、自ら判断できる力をつけておくことが、今を生きる世代の使命」なのだろう。(編集担当:森高龍二)