日本の伝統産業は現在、全国で225品目が経済産業大臣の指定品目に認定されているが、その多くは後継者不足や需要の減退などを背景に衰退の道を辿りつつある。
伝統工芸品の一般的なイメージとしては「歴史を有する工芸品」「手工業製品」「和の美しさ」といったところだろう。もちろん、それらの認識は間違ってはいない。しかし、伝統的工芸品産業の振興に関する法律、いわゆる「伝産法」が指定する要件の第一に挙げられているのは「主として日常生活の用に供されるものであること」。つまり、日本の伝統工芸品とは本来、観賞用の美術品ではなく、日常的に使用されるべきものなのだ。
和紙作家の堀木エリ子氏も「暮らしの中で使ってこそ文化」と語る。堀木氏は「ヨーヨー・マ シルクロードプロジェクト」の舞台美術を手掛けたり、「’13食博覧会・大阪」のメインモニュメント、「伊勢神宮外宮参道」の屋外行燈、「東京ミッドタウン日比谷」エレベーターシャトル内のアートワークなど、和紙を使った装飾やインテリアを発表し続け、海外でも数々の展覧会を成功させている、日本を代表する和紙アーティストだ。
2014年に「和紙 日本の手漉和紙技術」がユネスコの無形文化遺産に登録されたことについて堀木氏は、もちろん大変喜ばしいことではあるももの、日本の貴重な技術が失われつつある証拠でもあると嘆く。後継者不足もさることながら、昔と比べて和紙が日常使いされていないことが問題だという。
そんな堀木氏がこの度、手漉き和紙をふんだんに使った住宅「変容する家」を発表した。手掛けたのは、木造住宅メーカーのアキュラホーム。同社の宮沢俊哉社長が堀木氏の熱い思いに共感し、同社の創業40周年記念事業の第1弾として実現させたものだ。アキュラホームの宮沢社長自身も大工出身で、カンナ社長の異名で知られる職人気質。両者は以前より、同社のコンセプト住宅「木和美(きわみ)」においてコラボを行ってきたが、堀木氏が住宅一棟をまるまるプロデュースするのは今回が初めてとなる。
アキュラホームの神戸展示場(ABCハウジングコレクション神戸東)内に建設された「変容する家」に一歩踏み込むと、ふわりとした優しい光に包まれるような、不思議な安らぎを感じる。その秘密はやはり、和紙だ。1階リビングの壁面には、堀木氏率いる15人の職人たちが1ヶ月以上かけて漉いたという大型のデザイン和紙があしらわれ、仕込まれた照明の灯りや全開放できるガラス戸から差し込む陽の光や風ともに、柔らかで居心地の良い、最高に贅沢な住空間を作り出している。
2階は、「襖や障子を必要に応じて開け閉めして空間を調節する」という、昔ながらの日本家屋の特長を取り入れ、移動や取り外しが自由な建具を採用して空間を構成。和紙をあしらったその建具を組み替えることで、子育てから第二の人生まで、ライフスタイルの変化に合わせて、空間を自由に変容させることができる。すべての建具を収納してしまえば、広々とした1フロアの大空間を活かしたギャラリーやホールとしての使用も可能になるのも面白い。また、上質の和紙は耐久性も高く、大事に使えば100年以上経っても品質が維持されるというのも驚きだ。
日本の伝統工芸は和紙に限らず、いずれも繊細で美しく、素晴らしい技術の結晶だ。しかし、ガラス越しに鑑賞しているだけでは、その本当の良さは伝わらない。
堀木氏が語るように暮らしの中で使ってこそ、文化は守られ、時代に合わせて進化していくのではないだろうか。「変容する家」のリビングで、和紙の創り出す優しい空間に身を包まれていると、しみじみと考えさせられてしまう。(編集担当:藤原伊織)