社会が存在するところには必ず搾取が存在する。それは一過的なものでなく反復される構造的に安定した関係として存在する。資本論で有名なドイツの経済学者マルクスは資本主義での搾取について論じた。その後1930年代までに労働法、独占禁止法、中小企業法などの成立でフェアな自由競争が法の支配として確立されたはずの現代でも搾取関係はたびたび議論の的になる。近年では派遣労働などの非正規雇用での問題として議論された。
搾取する側はされる側の利益を不等に得ている。一方で、搾取される側は自力で搾取関係を解消せずその関係を受け入れている。法的平等が確立された現代でも搾取関係が成立するメカニズムはどのようなものか。それは単に能力の差という非対称性から生じるものなのだろうか。
東京大学大学院総合文化研究科の金子邦彦教授と大学院生の藤本悠雅氏は、個人が相手を学習しより自分の利益を高めようとする中で、その学習が対称的であるにも関わらず搾取関係が発生しうる新たなゲーム理論を示した。
ゲーム理論における囚人のジレンマとは2人のプレーヤーが自己の利益のみを最大にしようと行動することで利益を喪失する関係のことだ。従来の囚人のジレンマによる搾取モデルは、片方が一方的に搾取戦略をとり、もう片方 がそれに合わせた戦略をとるという非対称な状況が始めから想定されたものであった。これに対して東大大学院のグループのモデルは、個人が相手の行動によって自身の行動を使い分ける状況を想定し、ゲームを繰り返し行い得られた経験から個人が自身の利益をより大きくするように戦略を変化させる学習過程を定式化したものだ。
搾取者は相手の裏切りを許さない一方、相手が協力しても確率的に裏切りを返し、しっぺ返しよりも心が狭い戦略をとる。一方で被搾取者は相手の協力には見返りを与えるが相手が裏切っても確率的に協力し返し、しっぺ返しよりも寛容な戦略をとる。搾取は心が狭い者と寛容な者の間に安定的に形成される関係だ。この過程が反復され、学習により戦略の差が増幅されて搾取が定着する。心が狭い者は学習によりさらに心が狭くなり、寛容な者はより寛容になるのである。
東大では、本研究で仮定した学習モデルは「社会において広く見られる性質を抽象化したものであり、広い適用範囲があると考えられる」としている。本論文は11月5日”Physical Review Research”誌で発表された。(編集担当:久保田雄城)