「空飛ぶ船」の制度設計始動 商船三井・JALが2030年商用化へ

2026年06月10日 11:14

商船三井

海面すれすれを高速飛行する完全電動シーグライダー。商船三井、日本航空(JAL)、ロイド船級協会、REGENTが2030年頃の商用化を見据え、日本版認証・運航制度の構築に向けた共同開発を開始した。(イメージ/商船三井リリースより)

今回のニュースのポイント

商船三井、日本航空(JAL)、ロイド船級協会、REGENT Craft(レジェント・クラフト)の4社は、完全電動の次世代モビリティ「シーグライダー」の日本における商用化を見据え、船体認証と運航許可取得プロセスを共同開発することで合意した。今回の取り組みは単なる「空飛ぶ船が飛びます」という技術実証の話題にとどまらず、2030年頃の商用化を確実にするための「日本版シーグライダー認証・運航制度」という制度インフラ構築に踏み出した日本初のプロジェクトとなる。

本文
 完全電動の次世代モビリティ「シーグライダー」の日本における社会実装に向け、海運、航空、国際認証機関が連携する新たなプロジェクトが本格始動しました。商船三井、日本航空、ロイド船級協会、および米スタートアップのREGENTの4社は、シーグライダーの商用運航を目指した船体認証と運航許可取得プロセスを共同で開発することで合意。REGENTは現在、12人乗りの「Viceroy(バイスロイ)」の開発を進めており、有人飛行試験を経て数年以内の商用運航、さらには長期的には100人乗りとなる「Monarch(モナーク)」での本格展開を計画しています。

 これに対し、日本側パートナーは2030年頃の国内商用化を目標に、制度設計とインフラ準備を進める方針です。今回の合意の最大のポイントは機体の開発フェーズそのものではなく、日本国内でこの新しいモビリティを安全かつ合法的に社会実装するための認証や運航制度の設計フェーズへ本格的に移行したことにあります。

 シーグライダーとは、水上を滑走して離水した後、翼と水面の間に閉じ込められた空気のクッションである地面効果(グランドエフェクト)を利用し、海面上わずか数メートルを飛行する地面効果翼船(WIG:Wing-in-Ground effect craft)と呼ばれるモビリティです。100%電動駆動のゼロエミッション機でありながら、巡航速度は約160ノット(時速約300km)、航続距離は約160海里(約300km)に達し、乗客12人に加えて乗務員2人を運ぶ能力を備えています。さらに貨物構成では約1.6トンのペイロードを確保できると説明されており、従来の航空機より低高度を飛行し、フェリーより高速に移動できるという、輸送の「中間領域」を担う新たなモビリティとして期待されています。

 完全電動で環境負荷を抑えながら沿岸都市間や離島を短時間で結べるため、短距離の旅客輸送はもとより、宅配、医薬品、高付加価値貨物などの高速物流ネットワークや、災害発生時における孤立地域への緊急物資輸送にいたるまで、幅広い社会ニーズへの応用が期待されています。

 しかし、この新機軸のモビリティを社会実装するうえで最大の障壁となるのは、技術的な難易度よりも、船の性質と飛行機の性質を併せ持つ特殊性ゆえの法制度の空白です。シーグライダーは船のように水上を移動し、飛行機のように海面上を飛ぶため、既存の船舶安全法や航空法の枠組みだけでは十分にカバーできず、どの法律の下で、どの基準を適用して認証・運航管理をすべきかが実用化への最大の課題となっています。

 船舶安全法・航空法のどちらにも完全には当てはまらない新カテゴリーであるため、制度設計そのものが社会実装の前提条件になります。そこで、船体構造や安全基準の策定で世界的な実績を持つロイド船級協会が技術、安全、制度設計の面を主導。ここに、商船三井が長年の海上輸送で培ってきた海洋運航・港湾オペレーションの知見と、JALグループが有する最高水準の運航管理・航空安全マネジメントのノウハウを融合させます。新しいモビリティでは、機体性能だけでなく、認証制度や運航ルールの整備が社会実装の鍵となっています。

 このプロジェクトが内包する経済的意義は、既存の産業の壁を突き破り、新市場の創出に向けて多様な異業種が有機的に結びついた点にあります。開発元であるREGENTには、商船三井やJALのほか、エイチ・アイ・エス(HIS)、ヤマトホールディングスといった日本を代表する企業が既に出資・連携を行っており、旅行、海運、物流の各分野でシーグライダーを活用した新たなビジネスの検討が同時並行で進んでいます。同社は既に世界全体で600機以上のプレオーダーを獲得しているとされ、市場から高い関心を集めていることがうかがえます。

 日本では人口減少や少子高齢化に伴って維持が危ぶまれる離島航路の活性化をはじめ、沿岸部を周遊する新しい観光ルートの開拓、eコマースの急拡大に対応する超高速物流網の構築など、これまでの交通インフラでは対応しきれなかったニッチな需要に対応する「海運×航空×旅行×物流」が融合する新たなクロスオーバー市場の形成が現実味を帯びています。

 次世代モビリティをめぐるグローバルな覇権競争において、真の勝者を決定づけるのは機体性能の優劣ではなく、その運用を支えるルールメーカーになれるかどうかにあります。JALとREGENTが結んでいる包括連携協定には、安全運航に向けた制度や体制の検討、実証飛行に向けたインフラ整備、認証取得に関する連携・協力といったルール作りの核心となる3本の柱が明記されており、今回のロイド船級協会と商船三井の参画によって、制度設計を日本発で主導する体制が整いつつあります。

 もし日本で整備される認証基準や運航ルールが、アジアや世界における国際的な標準モデルの一つとして認知されれば、シーグライダーのみならず、将来現れる他の次世代モビリティにも応用可能なルールメイキングの強固な経験値となります。次世代モビリティ競争が、実証実験の性能競争から、制度、認証、運航インフラを巡る総合的な競争へと移りつつあるなか、今回の取り組みは日本の海上・航空インフラの将来像を占う重要な試金石となりそうです。(編集担当:エコノミックニュース編集部/Editorial Desk: Economic News Japan)