今回のニュースのポイント
半導体などの生産に欠かせない重要物資で供給制約が生じたとき、輸入国は特定国への依存を減らし、調達先を分散するのか。日本銀行が9月に公表したワーキングペーパーは、2022年のロシアによるウクライナ侵攻に伴うウクライナ産ネオンガスの供給停止と、2023年に中国が導入したガリウム・ゲルマニウム関連品目の輸出管理を比較しました。分析では、ウクライナへの依存度が高かった国ほど供給停止後に供給国の集中度を一時的に低下させた一方、中国への依存度が高かった国では、中国依存の低下や供給国構成の分散化を示す頑健な変化は確認されませんでした。重要物資の供給網は、リスクが高まれば自動的に分散するとは限りません。二つの事例から見えてくるのは、「供給がどのように制約されたのか」と「短期間で代わりの調達先を確保できるのか」という構造的な違いです。
■ネオンとガリウム、二つの供給制約を比較
日本銀行が9月に公表したワーキングペーパー「重要物資の供給制約と輸入調達構造の変化」は、慶應義塾大学経済学部の小橋文子氏が執筆したものです。日銀が公表するワーキングペーパーシリーズですが、内容や意見は日本銀行の公式見解を示すものではない点に留意が必要です。
本研究が対象とした一つ目のケースは、2022年のウクライナ産ネオンガスの供給停止です。ネオンは半導体製造に使われる重要な希ガスであり、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて物理的な供給途絶が発生しました。
もう一つが、中国が2023年8月に導入したガリウム・ゲルマニウム関連品目の輸出管理です。こちらは一律の輸出禁止ではなく、審査後の輸出許可を前提とした制度への変更であり、実際に一部の輸出申請は承認されています。同じ「重要物資の供給制約」であっても、その発生形態や制度的性質は大きく異なります。
■ウクライナ依存国、既存の供給先へ輸入を再配分
ウクライナのケースでは、供給停止前にウクライナへの依存度が高かった国ほど、供給停止後最初の通年となる2023年に供給国の集中度(HHI)が大きく低下しました。一方、世界全体からの総輸入額に対する統計的に有意な影響は確認されませんでした。
では、各輸入国は新しい国からネオンを調達するようになったのでしょうか。分析結果は少し異なります。新たな供給国からの調達開始や、それまで取引していた国からの調達停止といった外延的な変化には、統計的に有意な影響が確認されませんでした。
論文によると、ウクライナ以外からの輸入額に占める既存供給国(供給停止前から取引実績があった国)の割合は、2022年が96.4%、2023年が97.3%、2024年が94.9%と一貫して高い水準を維持していました。つまり短期的には、新しい仕入れ先を一から大量に開拓したのではなく、すでに取引関係のあった代替供給国の間で輸入額を振り分け直した(再配分した)ことが主な調整だったと解釈されています。
なお、国際共通のHS6桁分類ではネオン単独を特定できないため、本論文では「ネオン・クリプトン・キセノン」の束をネオン輸入の代理変数として扱い、数量データの欠損を踏まえて金額ベースで分析を行っています。取引関係を新たに構築するには、供給者の探索や品質・仕様の適合確認など、回収不能な費用(サンクコスト)が伴います。そのため、短期的な供給ショックでは既存の取引関係を利用した調整が選択されやすいという経済学の考え方とも整合的です。
■中国依存は明確に低下せず
これに対し、中国によるガリウム・ゲルマニウムの輸出管理では異なる結果となりました。中国への事前依存度が高かった国ほど中国からの輸入シェアを相対的に低下させたという頑健な証拠は確認されず、供給国構成全体の分散化についても明確な変化は検出されませんでした。供給国数や、新たな国からの調達開始、従来の国からの調達停止といった指標にも明確な変化は見られませんでした。
背景として論文が注目するのが、「物理的な供給途絶」と「供給をめぐる不確実性」の違いです。ウクライナ産ネオンでは供給停止が実際に起きたため、輸入国は対応を迫られました。一方、中国の措置は輸出許可制であり、供給制限の厳格さや対象、持続期間は政策運用に依存しました。
さらにガリウムとゲルマニウムは世界供給が中国に大きく集中しており、中国以外の代替供給余力が短期的に乏しかった可能性も存在します。なお、中国事例の分析対象となる輸入国は6カ国に限られており、論文は推定精度が低い点にも注意が必要だとしています。
■リスクが高まれば「脱依存」とは限らない
ここから、重要物資のサプライチェーンを見る際の一つの重要な示唆が浮かび上がります。特定国への依存度が高いことと、その依存から短期間で離れられることは別の問題です。
論文では、制度運用や将来の制約に対する不確実性が高い状況では、新たな供給国との関係構築に伴うコストを直ちに負担して切り替えるのではなく、状況が明確になるまで様子を見る「待機のオプション価値」が高まる可能性についても指摘しています。
ただし、今回の分析から「中国依存が続いた理由」を一つに特定することはできません。論文自身も、政策の不確実性による待機行動なのか、実際の供給制限が大規模な再編を必要とするほど強くなかったのか、あるいは中国以外の代替供給能力が不足していたのかを区別することはできないとしています。
■「止まったときに代わりから買えるか」
重要物資の供給網を考える際、「特定国への依存度」は分かりやすい指標として使われがちです。しかし今回の二つの事例からは、依存度の数値だけでサプライチェーンの強さを捉えることの難しさも見えてきます。
実際に供給が途絶するのか、将来停止する可能性が高まった段階なのか。代替できる供給国が存在するのか。すでに取引実績があるのか。新しい供給先へ短期間で切り替えられるコスト構造にあるのか。
ウクライナ産ネオンでは、供給停止に直面した国が既存の代替供給国を利用して輸入額を再配分しました。一方、中国のガリウム・ゲルマニウムでは、供給国の分散化を示す明確な変化は確認されませんでした。
供給網の実質的な強さは、単に「何カ国から買っているか」という外見上の数だけでなく、「万が一止まったときに、代替の選択肢から迅速に買える構造にあるか」によって左右されます。重要物資をめぐる経済安全保障を検討するうえでは、表面的な輸入依存度のデータとともに、その背後にある代替供給能力や既存の取引関係の厚みを見極める視点が求められます。(編集担当:エコノミックニュース編集部/Editorial Desk: Economic News Japan)













