それでもやっぱり低価格戦略をとるしかない
アベノミクスは「デフレ脱却」を旗印に掲げ、日銀は物価上昇率(インフレ率)目標「2%」を掲げているが、かといってどこかの外食企業が「既存店の客単価を引き上げるのはいつ? アベノミクスで『デフレ脱却』と言っている今でしょ」と店舗改装で従来よりもワンランク高級っぽいイメージを打ち出し、メニューの見直しを行って実質値上げに踏み切ったりしたら、どうなるだろうか?
たちまち客離れを起こして店には閑古鳥が鳴き、業績はボロボロになり経営がピンチに陥るのは必定。外食産業にとって日本の消費者はどこかの国よりもはるかに「無慈悲」で、「史上最高のうまさ」などとテレビで宣伝しようと、勝手にメニューを変えて実質値上げするような店には容赦なく鉄槌を下す。
その犠牲者が今年4月17日以前、競合他社より100円高かった「吉野家」であり、昨年までの「リンガーハット」だった。吉野家は100円値下げして牛丼並を280円とし、リンガーハットは500円の「ワンコインちゃんぽん」を出すことでどうにか窮地を脱している。昨年夏に生ビールを中ジョッキ300円で提供した「日高屋」は、当初は300店舗達成記念の期間限定のはずだったが、ラーメンそっちのけで「生ビールを300円で飲める店」という評判のほうが定着してしまい、客離れが怖くて引っ込みがつかなくなったのか、いつの間にか生ビール300円が「定価」になってしまった。そのおかげで日高屋は好調な業績が続いている。それとは反対に「100円マック」を縮小して実質値上げに踏み切る「マクドナルド」の先行きは非常に危ぶまれる。
「外食産業・弱肉強食時代」が来るか?
他の産業はともかく、人口が減少に転じた日本人の限られた胃袋を奪いあう外食産業は、構造的に過当競争なので嫌でも低価格戦略をとるしかない。そのため、いつまでたってもデフレ体質から脱却できず、不動産価格が上昇して出店費用がかさもうと、食材費や光熱費が高騰しようと、パートやアルバイトの時給がはね上がろうと、外食産業は価格競争から降りることができない。
一方、「既存店売上高の前年比イーブンをキープしながら新規出店の新店効果で売上増」という戦略はまだ健在で、今期も積極出店に踏み切るチェーンが散見される。外食産業には基本的に消費税引き上げ前の駆け込み需要はないから、純粋にアベノミクスによる個人消費の回復に期待してのことだろう。だがこの先、個人消費の本格的回復が体感できるような時期が到来すれば不動産価格や食材や光熱費や人件費のようなコストも確実に上昇カーブを描いているはずで、売上高は増えても経営陣は「利益が出ない!」と青ざめているかもしれない。
それでも何とか利益をひねり出そうとすれば、家電量販店のようにスケールメリットの追求でコストダウンを図るという戦略が浮上してくるだろう。そこで起きるのはM&Aの活発化で、異業種の連合体ではなく回転寿司なら回転寿司、居酒屋なら居酒屋というように同じ業態同士でくっつかなければ意味がない。しかも共同持株会社で経営統合などという相手の独立性を担保した〃連邦〃ではなく、強い者が弱い者の資産を奪い取って〃植民地化〃する無慈悲な吸収合併である。なぜなら、誰かが独裁的なヘゲモニーをとって強力に推進しなければ、乾いた雑巾を絞るようなコストダウンはできないからである。
アベノミクスによる脱デフレのメドがたった時、低価格競争のデフレ体質から抜けきれない外食産業は各業態とも数社の有力企業への集中が進む「弱肉強食時代」に突入しているかもしれない。(編集担当:寺尾淳)