北朝鮮墓参 日本人残留遺骨問題を考える

2013年07月07日 10:18

 日本人の残留遺骨問題で、遺族らが北朝鮮を訪問するのは、昨年8月以降、今回で5回目となる。北朝鮮で死亡した日本人は、約3万人とされ、その遺骨の大部分は、現地に残されたままだ。

 終戦直後に現在の北朝鮮地域で、死亡した日本人の遺族が、6月15日~25日北朝鮮を訪問し、埋葬されたとされる場所を訪ね追悼した。参加した遺族は11人で、「北朝鮮地域に残された日本人遺骨の収容と墓参を求める遺族の連絡会」(会員約60名)の大西事務局長が付き添った。

 こうした墓参や遺骨の収集は、拉致問題などとともに、日朝間の懸案事項となっている。今回の北朝鮮への墓参は、これまで核ミサイル問題などで、国際的に孤立していた北朝鮮が対話路線に転じた、一環として行われたと見る向きは多い。

 今回遺族に同行した朝鮮社会学院歴史研究家所長は、「日本人の遺骨があるとみられる場所は、北朝鮮には約50ヵ所ある」と言う。特に多いとみられるのは、咸鏡北道古茂山(3300人),平譲市(約2500人)、咸鏡南道定平郡(約1400人)という・昨年11月の日朝政府間協議では、遺骨問題は議題の一つとなった。

 特に咸鏡北道に残された日本人は悲惨を極めたといわれている。ここには日本から進出した大手の化学メーカーの大工場があり、日本人が大勢住んでいた地域である。終戦の日、ソ連軍の参戦で、軍は民間人を置き去りにし日本へ帰ってしまった。

 ここから朝鮮からの民間人の脱出劇が始まる。成人男性はことごとくソ連兵に捉えられ、シベリアへ送られる。残った民間人の女、子どもの朝鮮脱出行が始まる。ここで犠牲になった日本人の数は、いまだに数字はつかめないでいるほどだ。無事帰還した人は、あまりにも悲惨な脱出劇で、いまだに語りがたらないという。戦争の傷跡はこんなところにも残されていることを忘れてはならない。(編集担当:犬藤直也)