東京オリンピックの年に誕生した日本のアパレルブランド。その息の長さ、人気の秘密は何?

2013年12月16日 17:58

NEWYORKER

「NEWYORKER」2014年春夏コレクションの様子。ハウスタータンを初めとしたさまざまな提案がある。意外に知られていないが、同ブランドは「J1 鹿島アントラーズ」のオフィシャルスーツ・サプライヤーだ。

 The New Yorkerといえば米国の週刊誌で、辛口のルポルタージュ、瀟洒な短編小説やエッセイ、風刺の効いた漫画などが掲載された伝統の雑誌だ。創刊は1925年2月17日。間もなく90周年を迎える。

 一方、ここで紹介する日本のアパレルブランド「NEWYORKER」は、1964年1月11日に誕生。2014年1月に50周年を迎える。1964年といえば10月に東京オリンピックが開催され、戦後はじめて日本が世界に向けてアピールした歴史的な出来事でもあった。そのオリンピック日本選手団が着用した「真紅のブレザー」、その生地は「NEWYORKER」の親会社だった大同毛織(現:ダイドーリミテッド)が制作したものだった。

 以後、同ブランドはメタルボタン・ナチュラルショルダーのネイビージャケット“ブレザーのNEWYORKER”として市場に認知され、アメリカントラディショナルと呼ばれるテイストの装いを提案し続けている。

 1968年に同ブランドは婦人服に進出、素材・縫製、加えてメンズ打合わせのウイメンズブレザーを発売。1970年代後期には女性ファッション誌「JJ」などが火をつけた「ニュートラ」「ハマトラ」が大流行し、ブレザーにタータンチェックのスカートというファッションスタイルが拡がった。

 その後、同じようなテイスト“アイビールック”で大ヒットしていたアパレルブランドの「VANジャケット」が1978年に倒産。80年代にはDCブランドブームが訪れる。バブル期にはイタリアンブランドを中心とした海外ブランドがファッショントレンドを牽引した。

 しかしながら、バブル崩壊後の1990年代前期には、NEWYORKERのダブルブレスト・ブレザー、通称「紺ブレ」が一大ブームとなる。2003年には、一層のブランドアイデンティティ確立を目指して、ミッドナイトブルー・ロイヤルブルー・ブラック・クリーム・ダークレッドの5色で織ったハウスチェックをスコットランドのタータン登記所に「クランタータン」として登録した。

 2012年現在、同ブランドの売り上げは、メンズ53億8350万円、レディス87億9440万円と堅調。日本のファッションマーケットはブランドをブームに仕立て、その後“消費し尽くす”傾向があり、前述のVANや多くのDCブランドがその犠牲になった。日本の単一ファッションブランドで、これほど息の長いブランドはなかなか存在しない。ベーシックなトラディショナルテイストが強みを発揮した結果といえるのだろうか?

 50周年を迎える2014年、東京・銀座にフラッグシップショップとして独立路面店をオープンさせる。(編集担当:吉田恒)