中・韓語での歴史認識「村山談話」を官邸HPに

2014年03月08日 10:39

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現況の日韓・日中関係を踏まえると、「歴史認識」問題(村山談話)は『首相官邸』のHPの「政府の取り組み」項目の中で、取り上げることが必要な時期にきているのではないか。歴史は歴史として認識していることをアピールすることが必要だ

 戦後50周年の終戦記念日にあたって、平成7年8月15日に当時の村山富市総理が発表した「総理談話」(村山談話)。日本としての歴史認識をここで示すとともに、反省の姿勢を表した。

その文言は「わが国は遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」

 「私は、未来に誤(あやまち)無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます」

 正直、重みのある歴史認識を示した村山談話であると評したい。外務省のHPでは英語のほかに、中国語、韓国語でも全文を掲載している。その限りにおいて、政府はこの談話を政府の歴史認識として継承している。

 ただ、現況の日韓・日中関係を踏まえると、「歴史認識」問題(村山談話)は『首相官邸』のHPの「政府の取り組み」項目の中で、取り上げることが必要な時期にきているのではないか。歴史は歴史として認識していることをアピールすることが必要だ。

 「政府の取り組み」の項目では現在、「NSC」「拉致問題対策本部」「領土主権対策企画調整室」「日本海呼称問題」といずれも日本政府として主張したい部分のみが挙がっている。

 村山談話は過去の資料ではなく、現在も踏襲しているのだから、日本の歴史認識を正しくアジア諸国に発信していくことは、集団的自衛権の行使に対する政府の姿勢や武器輸出3原則の見直し、自衛隊と米軍との共同訓練の深化と強化、日本版NSC創設など、安全保障上の対応が「右傾化する日本」との懸念が高まるなかで、状況を緩和し、日中・日韓の溝の深さを浅くすることにつながることになろう。

 従軍慰安婦問題については非公開であれば検証可能というのであれば、それはそれで検証し、結果のみでも、政府の責任ある検証結果として世界に発信すればいい。国益に照らしプラスであっても、マイナスであっても、検証結果はオープンにする覚悟が必要だ。

 安倍晋三総理も、菅義偉官房長官も、岸田文雄外相も常に日中・日韓関係では「互いに胸襟を開いて」「対話のドアは常に開けてある」「韓国は価値観を共有する大事な隣国」と繰り返す。一方で、歴史認識や安倍総理の靖国神社参拝など、日中・日韓の溝を深める結果が見える言動にも、思いのまま行動し、優先すべき外交が後まわしにされている感は否めない。

 今月3日の参院予算委員会で安倍総理は「村山談話」について「日本の過去の植民地支配や侵略の事実を認めた部分50文字を削って読み上げた」。歴史認識に対する衆院・参院の答弁の中でも、安倍総理はこれまでも『侵略』という言葉を一切使わず、『歴史認識は歴代内閣と変わっていない』とのみ、言い続けている。

 国のために命を落とした先達への尊崇の念を示すためなのか、命を賭しての戦争に「侵略」という言葉をつけ、先達の行為を汚したくないとの思いが潜在的にあるからなのかは分からない。ただ「歴史」は時の政府が愛国心を育むために意図的に塗り替えられるものではないし、塗り替えてはならない。事実の積み重ねに基づく「国史」こそ、また、非を非と認める教育こそが大切だ。

 事実を語れば自虐的歴史だなどと侵略戦争を美化し、事実を歪曲する教育からは世界を舞台に活躍できる人材は期待できない。事実を直視する正しい歴史教育こそ『真の愛国心』育成につながり、教育面でも国際的に『大人の国』として認められることになることを忘れてはならない。(編集担当:森高龍二)