かつて1970年代頃までは、マスタングではなく「ムスタング」と日本語表記されていたのだが、それを覚えている世代も今や50代後半だろう。この年代のクルマ好きな少年にとって、このクルマは、豊かな米国の象徴的なスポーティーカーでもあったのだ。
フォード・マスタング。かつて、1970年代頃までは、マスタングではなく「ムスタング」と日本語表記されていたのだが、それを覚えている世代も今や50代後半だろう。この年代のクルマ好きな少年にとって、ムスタング(マスタング)は、豊かな米国の象徴的なスポーティーカーでもあったのだ。
そんなマスタングがデビューから半世紀を経て、遂に先月、右ハンドルの生産を米国ミシガン州で開始した。この新型は、米国本国ではすでに昨年から販売されているが、今回った左側通行諸国でも販売するためにシリーズとしては初めて右ハンドル車が設定されたのである。
デビューから実に50年を経て、マスタングが右ハンドルを導入したのには、深い訳がある。そもそも一般の米国人は、完全な自国主義で、映画でも音楽で昔ほどではないが、自国のものしか観たり聞いたりしかしないし、小説も翻訳ものはまず読まない。だからクルマにしても、わざわざ輸出先国に合わせたマーケティングなどしてこなかったのだ。「アメ車に乗りたければ、米国と同じ左ハンドルでよろしくね」ということだったのだ。だからこそムスタングも半世紀にわたり左ハンドルだけだったのである。
戦後初の米国車の右ハンドルの日本への正規輸入車は、1993年モデルのジープ・チェロキーからだ。しかしこのモデルは元々、米国内でドライバー頻繁に乗り降りする集配で郵便物を回収しやすいように作られた郵便車専用だったものを、日本向けに転用したに過ぎなかったのである。それだけ日本を始めとする右ハンドル市場は軽んじられていたのである。というか、米国は自国以外に関心があまりなかったであろうし、それでビジネスも回っていたのだ。
けれど、リーマンショックあたりを契機として、そういった自国中心というか自国のみへのマーケティングしか展開しない米国型ビジネスが通用しなくなってきたのだが、いよいよ、米国を代表するスポーティーカーであるマスタングにも及んだと見るのが妥当である。強い米国の終焉、といったらいいすぎだろうか。
しかし、ともあれ左側通行の我が国にとって、米国の象徴的スポーティーカーを右ハンドルで乗れることは朗報には違いない。(編集担当:久保田雄城)