トヨタがこの1月に公開した新会社「Toyota Research Institute, Inc.(TRI)」のメンバー。後方中央の背の高い弾性がCEOのギル・プラット(Gill A. Pratt)氏だ
トヨタは昨年まで、自動運転車の開発方針として、「ドライバーを必要としない自動運転車は作らない」と名言し、トヨタが開発する自動運転技術は「ヒトが安心して運転できるようにサポートする“ドライビング・プレジャーを向上させる技術”だ」としていた。
トヨタの豊田章男社長も、これまで「自動運転の開発の目的は交通事故をなくすこと」「所有者がクルマを愛車と呼ぶ意味にこだわりたい」などと発言しており、「完全自動運転」を目指さない方針を明確に打ち出していた。
同時に、トヨタは自動運転に対する考え方として「Mobility Teammate Concept」を表明。これは、「人とクルマが同じ目的で、ある時は見守り、ある時は助け合う、気持ちが通ったパートナーのような関係を築く、トヨタ独自の自動運転の考え方」であり、人間と機械が助け合うことで、より高い安全性を求めていくという方針の表明だった。これは、ドライバーを必要としない「完全自動運転」とは相容れないはずだった。
ところが、今年1月、東京ビッグサイトで開かれたイベント「オートモーティブワールド」の技術セミナーで、自動運転について講演したトヨタのエンジニアの言葉は以下のようなものだった。
トヨタの自動運転車は、「すべての人」に「移動の自由」を提供する。また、ドライバーが運転したいときに運転を楽しめないクルマは作らない。だが、運転したくないとき、できないときは安心して車に任せることができ、人と車が協調する自動運転を作るとした。
つまり「完全自動運転車」、人間のドライバーを必要としない自動運転技術を目指すということらしいのだ。だとすれば、これまでの開発方針を大きく転換することとなる。
ここでトヨタは、完全自動運転に対してどのような技術開発や法整備が進んでいるかについて、格段に踏み込んだ説明があり、この技術に対する本気度が感じられた。
またトヨタは同じく今年1月、米国ラスベガスで開催された2016 International CESにおいて、米国に設立した人工知能技術の研究・開発を行なう新会社Toyota Research Institute, Inc.(TRI)の最高経営責任者(CEO)・ギル・プラット(Gill A. Pratt)氏が、その体制および進捗状況を発表した。
そこでTRIは当面、5年間で10億ドルの予算投入し、4つの目標を掲げて人工知能研究に取り組んでいくとした。その目標とは、「事故を起こさないクルマ」をつくるという究極の目標に向け、クルマの安全性を向上させる。これまで以上に幅広い層の方々に運転の機会を提供できるよう、クルマをより利用しやすいものにする。また、モビリティ技術を活用した屋内用ロボットの開発に取り組む。人工知能や機械学習の知見を利用し、科学的・原理的な研究を加速させるというものだ。
公表にあたり、TRIのプラット氏は「従来、ハードウェアがモビリティ技術の向上には最も重要な要素であったが、今日ではソフトウェアやデータの重要性が徐々に増している。そのためコンピューター科学やロボット開発の先端で長年の経験のあるメンバーがTRIに参画する。トヨタが今回の案件にここまで力を入れているのは、安全で信頼に足る自動運転技術の開発を非常に重要視しているからだ」と語った。
また3月になって、TRIは、自動運転車開発メンバーをとして米Jaybridge Robotics社に在籍していた16名のソフトウェア開発チームを採用したと発表した。同チームは、マサチューセッツ州ケンブリッジに設けたTRI拠点で勤務にあたる。TRI社員と共に米国内のTRI拠点や、世界中のトヨタの研究開発チームと協力しながら自動運転の技術開発ならびに研究を進めていくという。
TRIのCEOギル・プラット氏は「TRIの使命は、人工知能やロボティクス、自動運転などの領域で基礎研究と製品開発の橋渡しをすることにある。Jaybridgeから採用した16名の開発チームは長年、自動運転技術の研究開発、試験に携わってきた。彼らがこうした知見を活かし、TRIでの研究に貢献してくれると信じている」と述べた。TRIが追求するのは、「世界で年間125万人とも言われる交通事故死を減らす」完全自動運転が目標だという。
トヨタが自動運転技術開発で方針の大転換を図った。(編集担当:吉田恒)