脳内にある「やる気のスイッチ」とは

2017年02月08日 08:22

 認知症などの神経変性疾患、脳血管障害や脳外傷などの脳の障害では、いずれも高い頻度で意欲障害が認められる。いわゆる「やる気がない」という症状であり、リハビリテーションの阻害因子として患者本人のQOL(quality of life)を低下させるのみならず、介護者の意欲を削ぐ要因にもなる。うつ病の意欲障害には、抗うつ薬という治療の選択肢があるが、損傷脳の意欲障害にはどの薬が有効で、何が無効かなど治療薬選択について全く分かっていない。その一つの要因として、損傷脳の意欲障害がどのようなメカニズムによって発生するのか全く分かっていないため、候補薬さえも挙げられない状況であるという。

 慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室の田中謙二准教授、三村將教授、生理学教室の岡野栄之教授、北海道大学大学院医学研究科の渡辺雅彦教授、防衛医科大学校の太田宏之助教、大学共同利用機関法人自然科学研究機構 生理学研究所の佐野裕美助教らの共同研究グループは、マウスを用いた実験で意欲障害の原因となる脳内の部位を特定した。

 研究グループは、脳の特定部位である線条体の損傷によって意欲障害を起こす頻度が高い臨床結果を参考にして、線条体を構成する一つの細胞集団、ドパミン受容体2型陽性中型有棘ニューロン(D2-MSN)に注目した。実験者が任意のタイミングでD2-MSNを除去することができる遺伝子改変マウスを作出し、意欲評価の実験を行った。マウスの意欲の評価には比率累進課題と呼ばれる餌報酬を用いた行動実験を用いた。あらかじめマウスに課題を学習させておき、マウスの意欲レベルを調べた。その後、D2-MSNだけに神経毒を発現させて徐々に細胞死させる。もしもD2-MSNが意欲行動をコントロールするならば、D2-MSNの細胞死によって、マウスの意欲レベルは下がるはずだという。また、意欲の低下が線条体のどの部位の損傷で、どの程度の損傷の大きさで起こるのかわかるはずである。

 研究の結果、線条体の腹外側の障害で、かつ、その領域のわずか17%の細胞死によって意欲障害が起こることがわかった。研究グループは、神経毒以外の方法であるオプトジェネティクスによるD2-MSNの機能抑制、オプトジェネティクスによるD2-MSNの破壊という2つの異なる方法によっても、腹外側線条体のD2-MSNが意欲行動に必須であることを見出した。

 動物を使った意欲の研究では、おいしい餌を報酬とする場合と、覚せい剤のような依存性薬物を報酬とする場合がある。依存性薬物を希求する意欲の責任脳部位として線条体の腹内側部が知られていたが、おいしい餌のような生理的な欲求に対する意欲の責任脳部位は分かっていなかった。

 今回の研究によって、その責任脳部位が線条体腹外側部であること、中でもD2-MSNが意欲の制御に働いていることが明らかになった。他にもいくつかの部位が「やる気」を生むのに必要であると想像されているが、この研究によって初めて、やる気を維持する脳部位・細胞種を明確に示した。今後はこのモデル動物を用いて、意欲障害を改善する薬剤を探索することができるとしている。 (編集担当:慶尾六郎)