高齢者は人型の対話ロボットとの会話を好むことがわかっているという。近年の研究では、使われなくなった脳機能は低下しやすく、知的活動が機能維持につながることなどが報告されている。しかし、会話の話題が高齢者の脳を十分に活性化させているかは不明であり、脳の健康に対してより効果的な会話を実現するために脳の活動状態の評価が必要だった。これまで対話ロボットとの会話が特に高齢者にもたらす効果は実証的に示されず、その際の話題の難易度を評価する方法についてもほとんど提案されていなかった。今回、国際電気通信基礎技術研究所 石黒浩特別研究所の石黒浩氏、住岡英信氏らのグループは、内閣府総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の山川義徳プログラム・マネージャーの研究開発プログラムの一環として、聞いている話の難しさを脳血流量から評価する新たな方法を提案した。
この研究では頭を使う話題を聞いている人の脳血流量から難しい話題を聞いているかを評価することに取り組んだ。近赤外線分光法装置(NIRS)で得られる脳血流量は、聞いている課題がその人にとって難しくなると次第に値が上昇することが知られている。そのため、難しさの異なる話題を聞いている際の脳血流量データから、話題の難しさに応じた脳血流量の変化がはっきり識別されるようにデータ処理を行い、難しい話題を聞いているかどうかを評価できる方法を提案した。この方法は他の方法に比べ、計算量が少なく、設計者が設定すべきパラメータがほとんどない点も特徴だという。
実験では、対話に必要な認知機能であるワーキングメモリに注目し、この能力を測る代表的な課題である、n-back課題を異なる難易度(1-back課題と2-back課題)で被験者に聞いて取り組んでもらった。28名の1つのセンサからの脳血流量データを用いて複数の既存手法と性能比較を行った結果、提案手法は約75%の精度を示したのに対して他の手法は最高でも約67%であり、統計的にも提案手法は有意に優れた性能を示すことがわかった。また、脳血流量の変化には性差があり、男女別に評価した方が80%を超える精度を示すこともわかった。
今後は、提案手法を拡張し、人が実際にロボットから聞いている話を難しく考えているかどうかを評価することを目指す。それを用いることで対話ロボットが、ユーザーが難しいと感じている話題を選択することが可能となり、会話をすることで脳の健康を支援する対話ロボットが実現できる可能性があるとう。また、話に対して脳が活性化していることは人の話を聞こうとしていることを反映している可能性があり、例えば講演が聴衆にどれだけ興味深く聞いてもらえたかを判定することに応用することで、日本人が苦手とするプレゼン能力を高める支援にも応用できると期待されているという。(編集担当:慶尾六郎)