「人間は社会的動物である」と言われる。人間だけが社会性を持つわけではないが、進化というものを考えたとき「他者の利害に配慮する社会性」は重要な進化の基準となろう。近代法哲学や経済哲学を確立したデビッド・ヒュームやアダム・スミスは人間の本質を「他者の幸福を願う共感力」であるとした。意外と思われるかも知れないが現代法学や経済学はこの「共感力」を理論的ベースにしている。
脳科学は既にその解剖学根拠を発見している。人間の大脳には「ミラーニューロン」と呼ばれるネットワークが発展しており、これによって他者の表情や行動から他者の心を憶測し共感することが出来る。現在、AIという学習する機械を社会に導入し経済社会の生産性と利便性を向上させようとしているが、この時人間の本質である共感力を軽視することは出来ない。
22日、理研(理化学研究所)脳神経科学研究センターの中原裕之チームが「他人の利益を考慮する意思決定の脳回路」を発見したことを発表した。個人の意思決定は基本的に自己の報酬(利益)に基づいて決定される。しかし、社会的場面では自己利益とは関係ない他者への報酬が意思決定に影響する場合がしばしばある。他者への報酬をどのように自分の報酬と統合して意思決定に至るのか、その神経メカニズムは不明であった。
今回、理研グループはfMRI(機能的磁気共鳴画像測定)を用いた実験を行い、そのデータを数理モデルで解析することによって他者利益と自己利益を統合する、他人の利益の「脳内為替」を行う脳回路を特定し、社会性志向の者と個人主義志向の者では、この脳回路の働き方に違いがあることも発見した。
fMRIの観測の結果、自己利益の際には大脳の前部の左背外側前頭前野が活性化されることがわかった。他者利益も含む場合、前記の部位に加え、右側頭頂接合部にも活性があり、さらに右前島⽪質と内側前頭前野の活性の程度が他者利益への配慮に影響を与える。
こうした観測結果と被験者に行った社会的価値志向性テストとの結果を連携させ向社会的な者と個人主義的な者の情報伝達経路の相違を識別した。この実験から向社会的な⼈者では自己利益の場合と同じ脳活動の流れが他者利益の時にも強く働く傾向が見られた。
理研チームは、今回の研究成果は「他者理解や共感など人間の複雑な社会行動を形作る脳の働きの理解、その脳内情報処理の理解に貢献すると期待できる」としている。「空気を読むAI」の登場も遠い将来の話では無いのかも知れない。(編集担当:久保田雄城)