世の中がどんどん便利になるにつれて、電気で動くものが増えている。産業機器や電気自動車などの大型のものだけでなく、身の回りのものや身につけるものも今や、電気で動くものばかりだ。コンセント周りはいつもタコ足で、いくつもの充電ケーブルが延びているという家庭も少なくないのではないだろうか。
そこで重宝するのが、ケーブルレスで給電できるワイヤレス給電システムだ。iPhoneをはじめ、スマートフォンなどにも対応する製品が増えたことで、普及が一気に加速した。充電のたびにケーブルにつなぐ必要がなくなるため、雑多なケーブル環境とともに充電ストレスからも解放される。また、ワイヤレス給電は電源コネクタを必要としない密閉型の筐体なので、機器類の防水・防塵性能を高めることができる。そのため、充電や発汗時の感電に対する安全性も高いというメリットもあるのだ。スマホならまだしも、直接身につけるウェアラブル機器、とくに補聴器やリストバンド型の血圧計など、小型医療機器においては、この安全性能は大なアドバンテージになる。
ところが、実際に探してみると、ワイヤレス給電システムに対応したウェアラブル機器がほとんど見当たらないことに気づく。ウェアラブル機器ほとんどのが、USB充電か専用の充電ケースなどに頼っている。どうしてなのだろうか。実は、これにはワイヤレス給電の宿命ともいえる問題が関係している。例えば、 スマートフォンなどで使用され現在ワイヤレス給電で最も有名な規格である「Qi(チー)」規格は、給電量が最大15W と大きいものの、ワイヤレス受給電のためのシステムサイズ(アンテナ+チップセット)も大きくなってしまう。つまり、小型電子機器には不向きなのだ。
この問題にいち早く目をつけたのが、日本の電子部品メーカー、ロームのグループ企業・ラピステクノロジーだ。同社は2020年6月、ワイヤレス給電の周波数帯に13.56MHz を採用することで、Qi と比較するとアンテナサイズが83%も小さいながらも、ワイヤレス給電機能と非接触通信機能を内蔵した、給電量200mWのワイヤレス給電チップセットを開発。市場でも好評を得た。
しかしその一方で、もう一つの課題も浮き彫りになった。小型化には対応できたものの、長時間の使用が想定されるバッテリー容量の大きいウェアラブル機器にとっては、200mWでは給電量が少ないということだ。例えば、補聴器などは朝起きてから寝るまで一日中身につけているもの。なかなか満充電にならなかったり、途中で充電が切れたりしたら、安全で快適な生活がおくれなくなってしまう。
そこで同社は研究開発を続け、ついに2021年10月19日、従来品5倍の給電量となる最大1Wのワイヤレス給電チップセット「ML766x」を発表した。これを搭載することで、バッテリー容量が大きな補聴器やスマートウォッチ、リストバンド型血圧計等の高速充電も可能になる。同社によると、バッテリー容量200mAh以内においては充電時間がUSBケーブル充電とほぼ同等のスピードというから驚きだ。
ワイヤレス給電はとても便利なものだが、まだまだ「特別なもの」である感は否めない。でも、スマートフォンやUSBのように生活の中にあるのが「あたりまえ」になるのも、そう遠い未来のことではなさそうだ。(編集担当:今井慎太郎)