その樹は誰のために? 積水ハウスが「都市の生物多様性フォーラム」を開催

2022年12月18日 10:22

フォーラム集合写真 (1)

情報の公開や共有、考える機会の提供も積極的に行っており、2022年11月30日には積水ハウスの主催で「都市の生物多様性フォーラム」を開催した

 世界規模でSDGsの取り組みが進む中、「生物多様性」という言葉を耳にする機会が増えてきた。現在、地球上には約3000万種もの生き物が生息しており、それぞれがそれぞれの生活圏で命を育みながら、お互いに支え合い、影響し合い、バランスを保って共存、共生している。しかし近年、森林が急激に減少していることなどから、このバランスが大きく崩れつつあるのだ。そこでSDGsでも開発目標の15番目に「陸の豊かさも守ろう」を掲げ、生物多様性の損失を防ぐための活動が盛んに行われるようになってきた。

 日本でも政府や自治体をはじめ、企業や団体、学校などでも、生物多様性の保全に向けた取り組みが活発になってきているが、その中でも、早くから積極的に取り組んでいるのが、住宅メーカーの積水ハウスだ。同社では、2001年から生物多様性保全の取り組みとして、同社住宅のオーナーとともに「5本の樹」計画という生態系に配慮した造園緑化事業を展開。「3本は鳥のために、2本は蝶のために、地域の在来樹種を」を合言葉に、その地域の気候風土・鳥や蝶などと相性のよい在来樹種を中心とした植樹にこだわった庭づくり・まちづくりを提案し、事業開始からこれまで累計1800万本以上の植樹を達成している。2019年からは琉球大学久保田研究室・株式会社シンクネイチャーと共同検証を開始し、この取り組みでの緑化が、都市の生物多様性にどの程度貢献できているかの定量評価を進め、2021年に世界で初めて、生物多様性保全や再生に関する定量的な実効性評価を実現している。
 
 情報の公開や共有、考える機会の提供も積極的に行っており、2022年11月30日には同社の主催で「都市の生物多様性フォーラム」を開催した。

 第一部の基調講演に登壇した積水ハウスの仲井嘉浩社長は、「5本の樹」計画の概要とこれまでの成果、「第5回エコプロアワード」環境大臣賞などの受賞報告のあと、「5本の樹」の新たな3つの展開について紹介した。まず、都市緑化機構と連携し、都市緑化機構が認定する全国87か所の企業緑地において「ネイチャー・ポジティブ方法論」の活用を始めるという。2つ目は、教育分野への展開だ。具体的には、長野県上田市の全ての小中学校に「庭木セレクトブックを」提供したり、横浜市環境教育出前講座に参画したりする。仲井社長は、自然と触れ合うことで命の尊さを感じ、他社との関係を築くための子どもたちの情操効果に期待を膨らませた。そして3つ目は、健康や幸せといったウェルビーイング分野への展開で、東京大学大学院農学生命科学研究科の曽我昌史准教授らとの共同研究を開始する。仲井社長は「都市の生物多様性が人の健康や幸せについて及ぼす効果について、世界で初めて科学的な検証を行っていく」と、意欲的に語った。

 続いてオンラインで登壇した国際自然保護連合日本委員会事務局長の道家哲平氏からは、12月7日にカナダで開催されたCOP15(国連生物多様性条約第15回締約国会議)第2部直前の情報の紹介などが行われた。また、環境省大臣官房総合政策課環境教育推進室長の河村玲央氏からは「環境教育、自然体験に関する取り組みについて」というテーマで、政府の取り組みの現状や、学校教育現場等での自然体験活動などの状況、今後の課題と進め方についての報告し、「『5本の樹』計画が方法論として確立され、さらに環境教育など様々な関係者に展開されていくことは生物多様性の主流化への重要な第一歩だ」と語った。さらに公益財団法人都市緑化機構企画調査部主任研究員の菊池佐智子氏からは、都市緑化機構が行っている緑の認定「SEGES(シージェス)」における生物多様性評価の取り組みについての説明と活動報告が行われた。

 第2部のパネルディスカッションでは、2022年12月1日より積水ハウスとともに、生物多様性と健康に関する共同研究を進めていくことを発表した、東京大学大学院農学生命科学研究科の曽我昌史准教授をはじめ、写真家の今森光彦氏、NPO法人生態教育センターの村松亜希子理事、立教大学特任教授の河口眞理子氏ら各分野の第一人者がパネリストとして参加。企業緑地や学校、公園など都市における「生物多様性保全緑地の拡大」が都市にもたらす「価値」について、教育などのテーマを交えて意見交換が行われた。その様子は、積水ハウスのホームページからアーカイブ視聴もできるので、見逃した人はぜひ視聴していただきたい。

 中でも、とくに注目したいのが、東京大学と積水ハウスの共同研究だ。東京大学が構築した分析手法と、積水ハウスの「5本の樹」計画の融合によって、これまで「緑を見ると癒される」といった漠然とした癒し効果だけでなく、「生物多様性と幸せの関係性」を世界で初めて科学的に検証されるのは大変興味深い。この研究によって、単なる「緑」ではなく生物多様性の豊かな緑が庭にあることの重要性が明らかにされれば、世界的にも大きな注目を集めることだろう。今後は、社会的健康等の他の健康尺度に関するテーマも視野に入れて、長期的な共同研究を行っていくというから、その成果にも期待したい。

 積水ハウスをはじめとする、こうした企業の取り組みは、国際的なESG投資の潮流の中で自らの企業価値の向上につながることが期待できる。積水ハウスの「5本の樹」計画では「鳥や蝶のために」と謳っているが、それはもちろん、とりもなおさずヒトのためであることを忘れてはならない。(編集担当:藤原伊織)