今回のニュースのポイント
三菱電機は2026年6月9日、フィンランドのVTT技術研究センターと共同で、海水を介して大気中の二酸化炭素(CO₂)を回収する「Direct Ocean Capture(DOC)」システムの基礎技術を確立したと発表しました。海水中に溶け込むCO₂を気体として回収し、長期固定化(CCS)だけでなく合成燃料や工業原料として利活用(CCU)しやすい仕組みを採用していることが特徴です。既存の海水取水インフラとの統合や、海水からの有価資源抽出を前提に社会実装を目指しており、脱炭素技術の新たなビジネスモデルとして注目されます。
本文
地球温暖化対策としての二酸化炭素(CO₂)回収技術といえば、大気からCO₂を直接吸着・回収する「DAC(Direct Air Capture)」が先行して脚光を浴びてきました。しかし、三菱電機とVTTフィンランド技術研究センターが共同開発を完了した「DOC」は、地球表面の約7割を占める広大な海洋そのものを巨大なCO₂吸収体として見立てる革新的な技術アプローチです。
海洋は大気との濃度差によって自然にCO₂を吸収しており、同体積比で比較した場合の海水中のCO₂濃度は大気の約140倍に達します。この溶存無機炭素を回収して海水側のCO₂濃度を一時的に低下させると、大気から海洋への二酸化炭素の自然吸収がさらに促進され、結果として大気中から効率的にCO₂を低減・除去することが可能になります。海水中の高いCO₂濃度を活用することで、効率的なCO₂除去・回収手法として期待されており 、次世代の海洋CDR(二酸化炭素除去)の有力候補として関心を集めています。
今回発表された共同開発の大きな特徴は、回収したCO₂を単に「捨てる(地下に貯留する)」だけでなく、産業用として「使う」ことを前提とした技術設計にあります。両社は、取水した海水に水素イオンを導入して酸性度を一時的に上昇させ、溶存炭素を二酸化炭素ガスに変換して抽出する「酸性化アプローチ(acid-DOC)」を採用しました。CO₂を固体(鉱物性炭酸塩)として回収する「塩基化アプローチ(base-DOC)」と比較して、ガス状で取り出す本システムは不純物の純化が容易であり、CCS(長期貯留)のみならず、合成燃料や化学工業原料へと転換するCCU(利活用)への展開において優位性を期待できます。
さらに、気体抽出後に各種規格を満たすための純化プロセスの中で、一部のCO₂が漏洩して損失が発生することに着目し、漏れたガスを再回収してシステム内で再循環させる損失抑制技術も組み込まれています。CO₂を廃棄物ではなく、循環型の製造資源として定義し直す発想が技術のコアとなっています。
さらに今回の基礎技術開発には、環境対策を純粋な企業コストに留めず、収益を生み出す「産業」として成立させるための高度なビジネスデザインが組み込まれています。三菱電機は、DOCによるCO₂回収のプロセスにおいて、海水中に豊富に含まれる多種多様な物質の中から、経済的価値の高い特定の「有価資源」を副産物として同時に抽出・回収する基礎技術を確立しました。この資源抽出の工程では、海水への化学物質の添加を徹底して抑えることで、環境負荷の極めて低い方式を実現しています。
回収後の海水は適切に中和したうえで海へ戻すことを前提としており、海洋環境への負荷低減を目指しています。将来的には、(1)長期固定(CCS)によるカーボンクレジット発行 、(2)利活用先へのCO₂気体供給 、(3)抽出した有価資源のバリューチェーン販売 という複数のマネタイズを組み合わせることで、事業全体の収益構造を多角化・強化する構想を掲げています。
技術の先進性もさることながら、社会実装のハードルを極限まで下げるための現実的なインフラ統合設計が施されている点も評価されています。一から巨大なDOC専用プラントを臨海部に建設する場合、莫大な初期投資と普及の壁が課題となります。そこで同社は、海水淡水化プラントや発電所、化学プラントなど、すでに大量の海水を日常的に取水している既存の大規模産業インフラの工程内へ、運用効率の向上やモジュール化により容易に組み込める構成を採用しました。既存インフラが持つ莫大な取水アセットをそのまま活用することで初期の設備投資を劇的に抑制し、普及を推進する戦略です。約1年半という短期間で基礎技術開発を完遂した両社は、今後、沿岸部でのフィールド実証試験に向けて新たな協業パートナーの参画を募る計画であり、商業化に向けたスピード感を重視しています。
これまでの気候変動対策は、工場や自動車からの排出をいかに抑えるかという「排出削減」のフェーズが主流でした。しかし、世界的な産業の成長が続くなか、すでに排出された温室効果ガスを能動的に回収・除去するインフラの構築は世界的な重要テーマとなっています。三菱電機はDOCを、サステナビリティを経営の根幹に据えた社会課題解決と事業成長の両立を狙う「トレード・オン」事業の核として位置づけています。今回の技術は、環境リスクを単なる規制対応として処理するのではなく、エネルギー・化学・鉱物資源を複合的に結ぶ新たな高付加価値インフラ産業へと発展させる大きな可能性を秘めています。 (編集担当:エコノミックニュース編集部/Editorial Desk: Economic News Japan)













