競争入札なのに1社しか応札しない 財務省資料が映した行政DXの壁

2026年06月22日 12:47

データセンターイメージ

行政DXの推進では、巨大化・複雑化した既存システムの刷新と競争環境の確保が課題となっている(画像はイメージ)

今回のニュースのポイント

財務省が公表した「国有財産総合情報管理システム」の次期更改に向けた情報提供依頼書(RFI)から、行政デジタル化(DX)の現状と課題が浮き彫りになりました。一見すると単なる情報システムの保守運用の調達準備に過ぎませんが、その目的欄には中央省庁が長年抱えてきた「1者応札の継続」という硬直化した構造が率直に記載されています。国費を投じる競争入札でありながら競争が機能しにくいという、日本の行政システムが直面する課題とその本質を読み解きます。

本文
 財務省が管理・運営する「国有財産総合情報管理システム」(以下、本システム)は、国有財産法に基づく台帳記録や国会報告資料の作成、さらには一般向けの物件情報の公開など、国の資産管理を支える基盤です。昭和23年の法律に基づく業務を効率化するため、平成22年から本格的に運用が開始され、これまで定期的に更改を繰り返しながら維持されてきました。今回公表された令和8年6月付の資料によると、政府はクラウド第一原則に則り、次期更改に向けてガバメントクラウドへの移行やアジャイル的な開発手法、AI活用、アプリケーションのモダン化、ゼロトラストセキュリティの導入といった刷新方針を掲げています。

 しかし、このデジタル最先端の計画の裏側には、行政システム特有の課題が横たわっています。資料の中で財務省は、入札参加が見込まれる事業者へのヒアリングや参加要請、契約期間の複数年化など、これまで多岐にわたる調達改善に取り組んできたものの、「引き続き1者応札が継続している」と言及しているのです。

 これほど調達の仕組みを見直してもなお競争が成立しにくい要因の一つとして、システム自体の規格外の巨大さが挙げられます。現在のオンプレミス環境におけるシステムの規模は、実質的に「約3,438.8KStep(約344万ステップ)」の規模を抱え、画面数は1,155画面、出力される帳票数は480種類に達しています。平成22年の稼働開始以来、長年にわたる部分的な改修や機器更改の積み重ねによって、独自の仕様が幾重にも複雑化してきた環境です。これほど膨大かつ複雑なレガシーシステムにおいて、これまでの運用の歴史やノウハウが蓄積された構造を前にすれば、新規参入を検討する事業者にとって高い参入障壁となり得るのが実態です。

 行政システムの分野では、こうした構造は「ベンダーロックイン」と呼ばれることがあります。特定の事業者だけしか対応できないシステム構造になってしまえば、形だけの競争入札は事実上の単独契約と化し、市場の原理が働きにくくなります。競争が起きなければ、適正な価格競争によるコスト削減のインセンティブが働かなくなるだけでなく、技術革新のスピードへの影響や特定ベンダーへの依存による人材の固定化を招くことにつながります。

 競争が働かないことの影響は、単にシステム調達の現場だけにとどまりません。行政システムの運用費や改修費は最終的に税金によって賄われており、競争が不十分な状態が続けば、コストの妥当性を検証する機会そのものが失われます。また、新たな技術や運用手法を持つ事業者が参入しにくくなれば、行政サービスの効率化や機能改善のスピードにも影響を及ぼす可能性があります。行政DXの議論が単なるITの問題ではなく、行政運営の効率性や財政支出のあり方にも関わるテーマとされるのはこのためです。

 デジタル化の進展に伴い、この「過去の遺産(レガシーシステム)」が身動きを取りにくくしているという構図は、決して財務省一省だけにとどまりません。2000年代以降に進められた行政の電子化が、2010年代の維持管理フェーズを経て、現在の「DX推進」や「ガバメントクラウド移行」という方針と直面した結果、多くの中央省庁や自治体でも指摘されている共通課題となっています。

 今回のRFIは、単なる契約条件の見直しではなく、システム構造そのものの見直しを通じて競争環境の改善を目指す内容となっています。財務省は今回のRFIを通じ、クラウド環境へ本格移行する前段階として、OSやミドルウェアのOSS(オープンソースソフトウェア)化を進めるほか、インフラ環境構築を自動化する「IaC」や「CI/CD」の仕組みを導入してシステムの可視化を徹底推進すると明記しています。これは利便性向上や最新技術の誇示が主目的ではなく、システムの可視化を進め、結果として他社が参入しやすい環境づくりを目指すという、競争環境を再構築するためのDXとして位置付けられます。

 本来、DXは新技術の導入そのものを目的とするものではありません。行政サービスをより効率的に提供し、限られた財源を有効活用するための手段です。しかし、本質的なデジタル社会の実現とは、単に最新技術のラベルを貼り付けることではありません。どれほど高度なAIやセキュリティを導入しようとも、調達市場が硬直化したままであれば、その運用の果実は限定的なものにとどまります。過去20年近くにわたって積み上げられた巨大なシステムをいかに解きほぐし、「多様な事業者が参入し、技術を競い合える市場」を再び作れるか。財務省の取り組みは、今後の行政DXの方向性を考える上でも注目されます。(編集担当:エコノミックニュース編集部/Editorial Desk: Economic News Japan)