ここ数年、ワーク・ライフ・バランス(WLB) が注目されている。その契機となったのが、2007年12月に「ワーク・ライフ・バランス推進官民トップ会議」において策定された「仕事と生活の調和憲章」と「仕事と生活の調和推進のための行動指針」である。翌年4月には、電通、高島屋、住友商事、鹿島建設、日立製作所など、民間大手10社が推進プロジェクトに参画するなど、官民挙げてWLBの推進に取り組んできた。また、平成21年には育児・介護休業法の改正など、WLB支援のための法令整備も進められている。
日本の企業に着実に浸透しつつある印象を受けるWLBだが、本当にそうなのだろうか。もともと、WLBは、急速な少子高齢化の進展を背景にした仕事と生活との両立を図る雇用環境づくりを意味している。具体的施策の中心は育児・介護休業法の改正に象徴される女性の労働環境の改善であり、企業側からすると福利厚生の問題ととらえる傾向は強い。しかしながら、企業は収益を上げるために生産性を向上させなければならない。社会保障政策の一つとしてWLB支援をする政府と異なり、企業は生産性の視点は不可欠であろう。
独立行政法人経済産業研究所の山口一男氏は、男女共同参画の推進や企業のWLBの取り組みが企業の従業者の週労働時間1時間当たりの売上総利益(粗利)でみる生産性や競争力にどのように影響を与えているかを分析している(『労働生産性と男女共同参画―なぜ日本企業はダメなのか、女性人材活用を有効にするために企業は何をすべきか、国は何をすべきか』)。
それによると、まず、日本の従業者数100 以上の企業では、WLB の制度や取り組みのほとんどない「ほとんど何もしない型」企業が大多数で約70%を占める。
実際に取り組んでいる企業については、「法を上回る育児休業制度」や「法を上回る介護休業制度」が、生産性に対して「マイナスの影響があった」と評価する企業が「プラスの影響があった」と評価する企業を数で上回っていることがわかった。これは、日本の企業では、企業の育児介護支援が必ずしも人材活用と有効に結びついていないことを示唆するとしている。
一方、1人当たり及び時間当たりの粗利でみる企業の生産性、競争力への影響を分析し、「全般的WLB推進型」と正社員数300人以上の「育児介護支援成功型」は、「ほとんど何もしない型」に比べて、生産性・競争力が高いとしている。
こうした成功例は極めて少ないが、人事管理上の特徴はどこにあるのだろうか。氏は、「性別にかかわらず社員の能力発揮を推進する」点を指摘する。女性正社員の管理職昇進機会が大きい企業ほど、時間当たりの生産性・競争力は増加する傾向がみられ、管理職の女性割合の高い企業ほど、女性正社員の高学歴化が企業の時間当たりの生産性・競争力を生み出す傾向もあると言う。
企業がWLBを推進する場合、単にコンプライアンス(法令遵守)やCSR (企業の社会的責任)といった観点から取り組むと失敗することになる。女性に限らず、多様な人材の能力を活用することができるように働き方や職場のマネジメント改革も含めて取り組む必要があるだろう。(編集担当:坪義生)