スイスの銀行法は外国の捜査当局を含め、第三者への顧客情報の提供を禁じている。しかし、治外法権に基づいた一種の経済的「占拠」ともいえる米国のFATCA法により世界中の金融機関の独立性、守秘義務は脅かされつつある。
フランスのルイ16世からフィリピンのマルコス大統領まで、秘密資金をスイスの銀行に預けた権力者は数知れない。ドイツ・ナチスがユダヤ人から奪った資産の返還を拒み、非難を浴びたこともある。スイスの銀行法は外国の捜査当局を含め、第三者への顧客情報の提供を禁じている。約300年前に州法として設けられ、1934年に国として制度化された。永世中立のスイスが戦乱を免れたことと合わせて安全の象徴となり、世界の富裕層資産を預かるのに貢献してきた。
しかし、世界的に金融の独立性、秘密主義は終演を迎えつつある。スイスは米国への口座情報の提供に応じ、経済協力開発機構(OECD)が設ける情報交換制度にも加わる。資産隠しを巡る米国とスイスの攻防が本格化したのは2008年。捜査を受けた大手UBSは翌年に米当局と和解し、罰金の支払いと顧客情報の開示に応じた。13年1月にはスイス最古のプライベートバンクが脱税ほう助の罪を認め、廃業を決めた。
スイスだけはない。フランスの銀行最大手BNPパリバは6月末、米国の経済制裁対象国であるキューバやイラン、ミャンマー、スーダンとの間で違法なドル取引を行ったとする米国の主張を認め、米当局に総額89億ドル(約9000億円)もの和解金を支払うことで合意した。
米政府は米国人の資産隠しを防止するために13年1月にForeign Account Tax Compliance Act(FATCA法)を施行した。米国外のすべての金融機関に米国人の口座情報を米当局に届け出ることを義務付けている。対象となる情報は口座の名義人の名前や残高などだ。海外の金融機関に対し、情報提供に応じない米国人の口座に振り込まれた配当などに源泉課税をしたり、口座の閉鎖をしたりする契約を結ぶことを求めている。金融機関は口座名義人の国籍を把握していない場合でも、登録上の住所や海外との送金記録などから米国人のものと思われる口座を抽出する必要がある。
「弊行では、お客さまが口座開設取引等をする際、お客さまが所定の米国納税義務者であるかを確認し、該当する場合には、米国内国歳入庁あてにご契約情報等の報告を行なっております。」 今年7月、日本の金融機関の口座開設申込書にこのような文言が追加された。
仏紙ルモンドは論説で「権力の乱用」に当たると主張。米国は治外法権に基づいた一種の経済的「占拠」を行っていると非難した。しかし、日本国内では米国の「権力の乱用」に対する問題意識は薄いようだ。もはや銀行には独立性も守秘義務も無いのかも知れない。(編集担当:久保田雄城)