このように、導入目的に「財務情報の国際的な比較可能性の確保」を挙げるケースが非常に多い。グローバルマーケットでは投資家や金融機関は、投融資に際して他社と容易に比較できる「ものさし」を求めている。また、ヨーロッパなどIFRSの強制適用国の海外子会社を多く抱えていると、IFRSを日本基準や米国基準に当てはめて数値を組み替える処理が面倒で、会計基準を統一し、シンプルにしたいという内部のニーズもあるようだ。
金融庁が今年4月15日に公表した「IFRS適用レポート」によると、導入企業へのアンケートで、IFRSの任意適用を決定した理由、または移行前に想定していた主なメリットとして回答の1位だったのは、「経営管理への寄与」「比較可能性の向上」「海外投資家への説明の容易さ」「業績の適切な反映」「資金調達の円滑化」という順番だった。
一方、導入しない理由は、海外で上場や資金調達をしない、海外子会社の数がゼロかまだ少ないなど「必要性を感じない」企業を除けば「コストがかかる」という声が多い。
なお、トヨタは「導入しない」と表明してもその理由を明らかにしなかった。だがその後に「AA型種類株」の発行を発表している。この株式は「優先株」のカテゴリーに入る。償還義務がある優先株は貸借対照表(バランスシート)上、日本基準、米国基準では原則として資本に組み入れられるが、IFRSでは発行会社の義務の内容が固定的なものであれば負債に計上されるルールなので、IFRSを導入して優先株を発行すると財務上のデメリットが生じる。この問題はソフトバンクが2013年にIFRS導入を発表した際も開示されていた。トヨタは「資本政策上の理由」とは言っていないが、IFRS導入せずと表明したのと同じ5月にAA型種類株の発行を発表しており、タイミングが奇妙に符合している。
■IFRS導入のデメリットはやはりコスト
IFRSの最大のメリットは多国籍企業にとっての「比較可能性」で、国・地域や企業規模を問わず、共通のものさしで業績、財務を把握できると、海外子会社の管理の効率が上がりコーポレート・ガバナンスの向上につながる。IRでも、資金調達でも利点がある。導入によって投資家からの信頼度が増し、海外での資金調達で有利になるという間接的な効果もある。
反対に最大のデメリットは、導入にはコストも時間も労力もかかるという点だろう。今年4月の金融庁の導入企業アンケートによると、IFRS移行に直接要した総コストは「1~5億円」が、回答した48社中17社を占めて最も多かった。中でもシステム改修にコストも時間もかかるという結果が出ていた。それはIFRSと日本基準の間に、企業会計の考え方に大きな違いがみられるためである。
最大の相違点は、日本基準の損益計算書(P/L)重視に対し、IFRSは貸借対照表(バランスシート)を重視すること。難しく言えば日本基準は規則主義、IFRSは原則主義に立つ。日本基準は売上や損益の増減に注目するが、IFRSはバランスシートの健全性に注目する。そのため、日本基準からIFRSに移行するには、システムも会計担当者の頭の中も、企業会計に対する根本的な考え方を切り替える必要がある。
「のれん代」を計上しなくてもいいとか、持分法適用会社の範囲が変わるとか、非上場株式の評価方法が違うとか、優先株を資本ではなく負債に計上するといった枝葉末節の部分とその周辺だけ手直しすればいいのではないから、コストも時間も労力もかかる。そのため財務や人員の余裕がない企業は、必要性は感じても導入に二の足を踏んでしまう。
IFRS導入企業急増の背景には、2014年6月24日に安倍内閣が閣議決定した「日本再興戦略・改訂2014」で、成長戦略にIFRSの任意適用企業の拡大促進が盛り込まれたことも関係しているといわれる。だが、政府や金融庁が本気で導入を促進したいなら、金銭面にとどまらず、さまざまな面での有形無形の公的支援が必要だろう。イソップ物語の「北風と太陽」ではないが、「強制適用」をちらつかせる〃ムチ〃だけでは企業は動かない。おいしい〃アメ〃も必要だ。(編集担当:寺尾淳)