今回のニュースのポイント
気象庁は2026年9月7日17時、「南海トラフ地震関連解説情報」を発表しました。結論は「南海トラフ沿いの大規模地震の発生の可能性が平常時と比べて相対的に高まったと考えられる特段の変化は観測されていない」という評価です。しかし8月中には、日向灘でのM5.3の地震をはじめ、四国や紀伊半島での深部低周波地震(微動)、それに伴う「短期的ゆっくりすべり」など、複数の地殻活動が実際に観測されています。様々な変動が起きているにもかかわらず、なぜ気象庁は「特段の変化なし」と評価するのか。観測データと評価の理由を解説します。
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地震活動や地殻変動のデータが観測されていることと、大規模地震の発生確率が突発的に高まったことは、必ずしも同義ではありません。
気象庁は2026年9月7日17時、南海トラフ周辺の最新の地殻活動を評価した「南海トラフ地震関連解説情報」を発表しました。総合評価として「大規模地震の発生の可能性が平常時と比べて相対的に高まったと考えられる特段の変化は観測されていない」としています。一方で、同日に公開された51ページにおよぶ観測資料には、8月中に南海トラフ沿いの広い範囲で多様な地震・地殻変動が捉えられた事実が記録されています。
まず通常の地震活動として、8月2日04時10分に日向灘の深さ21キロメートルを震源とするマグニチュード(M)5.3(最大震度3)の地震が発生しました。気象庁の解析によると、この地震は発震機構が東西方向に張力軸を持つ正断層型で、フィリピン海プレート内部で発生した現象です。
一方、プレート境界付近では通常とは異なる低周波の振動や地殻のひずみが観測されました。7月下旬から8月下旬にかけて、四国西部(7月29日~8月11日)、紀伊半島西部(8月8日~13日)、四国東部(8月9日~15日、および8月21日~継続中)、紀伊半島中部(8月24日~27日)の各地で「深部低周波地震(微動)」が相次いで発生しました。
これらの微動とほぼ同期して、周辺に設置された複数のひずみ計や傾斜計ではわずかな地殻変動が検出されました。気象庁および産業技術総合研究所などの解析によると、これらは想定震源域のプレート境界深部で発生した「短期的ゆっくりすべり(スロースリップ)」に起因するものと推定されています。資料8ページで整理された主な短期的ゆっくりすべりは数日単位の期間で解析されており、すべり規模はモーメントマグニチュード換算でMw5.2~5.9と推定されています。ただし、これはプレート境界におけるすべり運動のエネルギー規模を数値化したものであり、揺れを伴うM5級の地震が直接発生したわけではありません。
これらとは別に、8月中旬には日向灘及びその周辺域のプレート境界浅部で「浅部超低周波地震」も捉えられました。気象庁はプレート境界浅部で発生したゆっくりすべりに起因する可能性があると分析していますが、その発生頻度や規模などの発生様式については今後も継続的な観測・研究が必要な段階としています。
さらに時間軸を広げると、GNSS(人工衛星を用いた測位システム)観測により、静岡県西部から愛知県東部にかけての長期的ゆっくりすべりに伴うとみられる地殻変動が2022年初頭から継続して観測されています。今回の分析では、この長期的すべりの中心が渥美半島周辺から浜名湖の東側へ移動している状況も捉えられました。
日向灘でのM5.3の地震、広域での微動、そして短期的・長期的なゆっくりすべり――。これだけの現象が観測されながら、なぜ「特段の変化なし」という結論になるのでしょうか。
その理由を今回の資料から読み取る鍵となるのが、観測された現象の継続性と、プレート境界の固着状況です。
8月2日に発生した日向灘のM5.3の地震については、フィリピン海プレート内部で発生した地震で、その規模から南海トラフ沿いのプレート間の固着状態の特段の変化を示すものではないと評価されています。また、四国や紀伊半島で捉えられた微動や短期的ゆっくりすべり、東海の長期的ゆっくりすべりについても、いずれも従来から繰り返し観測されてきた現象です。御前崎、潮岬、室戸岬周辺で見られる長期的な沈降傾向もフィリピン海プレートの沈み込みに伴うもので、その傾向に大きな変化はありません。
つまり「特段の変化なし」という評価は、「地下で何も起きていない」という意味ではありません。様々な活動は観測されているが、深部低周波地震やゆっくりすべりなどは従来からも繰り返し観測されてきた現象であり、総合的にみてプレート境界の固着状況に特段の変化を示すデータは得られていないという判断に基づきます。
ここで極めて重要な注意点があります。「特段の変化がない」からといって「南海トラフ地震の危険がない」わけではありません。
資料の注記にある通り、南海トラフ沿いのM8~M9クラスのマグニチュードを持つ大規模地震は、「平常時」であっても今後30年以内に発生する確率が高いと評価されています。昭和東南海地震・昭和南海地震の発生から約80年が経過していることから、「切迫性の高い状態」とされています。今回の評価は、その「平常時」と比べて大規模地震の発生可能性が相対的に高まったと考えられる特段の変化は観測されていない、というものです。
南海トラフ周辺の地殻活動や地震活動の評価は、特定の一つの地震や微動だけを見て下されるものではありません。気象庁では南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会を毎月開催しており、今回の解説情報も主に8月7日の前回検討会以降に集積された各種データを評価したものです。今後も通常の地震活動、深部低周波地震・微動、ゆっくりすべり、GNSSなどによる地殻変動、プレート境界の固着状態といった多角的な観測データが定期的に比較・総合評価され、情報が更新されていくことになります。
今回の「南海トラフ地震関連解説情報」が示しているのは、南海トラフ周辺の緻密な観測網によって地下の微細な変動が捉えられているという現実と、現段階では、プレート境界の固着状況に特段の変化を示すデータは得られていないという南海トラフの「現在地」です。平常時からの備えを維持しながら、客観的な観測結果の推移を注視していく必要があります。(編集担当:エコノミックニュース編集部/Editorial Desk: Economic News Japan)













