かくして、大企業ロート製薬と古町糀製造所との共同開発が動き出したのだが、すべてが順調に運んだわけではない。大企業に取り込まれてしまうのではないかと危惧する酒蔵との確執や、試作品のオールインワンゲルタイプのモニターとなった古町糀のコアなファンが、科学的に合成したような商品やデザインに反発するなど、一時は開発が頓挫する寸前までいったという。
しかし、プロジェクトを終わりにするのではなく、絶対にやり遂げる方向で両社が決意も新たに生み出した試作品第二弾は、「糀」らしいふわっとした手ざわりのクリーム。糀のイメージを直感的に伝える「もちふわ」というネーミングや、糀の写真とともに温かみのあるカラーを施したパッケージの雰囲気にもこだわった。ロートがこれまでに培ってきたマーケティングのノウハウを凝縮し、伝わりやすさとスピード感を感じさせる秀逸なものだった。
ところが今度は、酒蔵でもなくファンでもなく、ロートの共同開発相手である古町糀自身が反対した。その根拠は「ありきたりの商品になる」ということだった。マスのものづくりから外れたはずが、ロートの開発者たちは結局、マスのノウハウを使おうとしていたのだ。古町糀の葉葺氏が難色を示したのは、そのスタンスだったのだ。
それから約一ヵ月後。ロートはマスマーケティングの発想を捨てることを再度意識し、古町糀からのアイデアを盛り込んで、一つの商品を誕生させた。それが「古町糀製造所 糀肌くりーむ」だ。糀肌くりーむは、化粧水・乳液・美容液効果のある潤いたっぷりクリームで成分や内容にとことんまでこだわったのはもちろん、パッケージにもいくつもの意味を重ねた商品となっている。半透明の器には、透けるように白く美しい肌になってもらいたいという想いが込められ、表面のデザインは、米の花、と書く糀の花が降り積もるイメージをあしらった。また、糀が降り積もって肌が整っていくという意味もそこに込めた。
2012年9月に発売された「古町糀製造所 糀肌くりーむ」は、折しも塩糀ブームの最中であったために、逆に多くの糀商品の中でインパクトは薄れてしまった。しかし、ブームが落ち着いてくるとともにそれら多くの糀製品が淘汰されていく中でも、糀肌くりーむは徐々に売り上げを伸ばしていく。それこそが、ロートの開発者たちが最初に目指した、息の長い、消費者に愛され続ける商品の証だった。
これは、スキンケア商品だけに限らず、どんな商品や業種、分野にも置き換えることができるのではないだろうか。アジア諸国で安価な商品が粗製乱造される昨今、生まれては消えていく泡沫的な商品ではなく、製造者や開発者がじっくりと、まるで一人ひとりの顧客と向き合って作ったかのような商品こそが、これからの日本経済を盛り上げる原動力になるのではないだろうか。(編集担当:藤原伊織)