お盆の時期を過ぎると海に大量に漂う、半透明の不思議な海洋生物“クラゲ”。このクラゲがいったいどのように生殖しているのかはご存じだろうか?
クラゲは生まれた時からあの独特の形をしているわけではない。発達の初期段階はポリプと呼ばれ、イソギンチャクのように円筒形の体に無数の触手が並ぶ形をしており、水底に付着した静止状態で存在している。これが冬になり海水温度が一定期間以上低い状態が続くと、ポリプが変態を始めて各層に分離しおなじみのクラゲの体になるのだ。
沖縄科学技術大学院大学のコンスタンチン・カールツリン研究員はドイツ・キール大学の動物学研究所の共同研究者らとともに、このクラゲを用いて1つの動物の中の1つのゲノムが、どのようにして2つの全く異なる形態を作り出すのかを研究。興味深い知見を得た。
ポリプがクラゲになるために分離した各部分は横分体と呼ばれるが、カールツリン氏らはまず変体途中の横分体、すなわち活発に芽体を出している部分を、変体していないポリプに与え、変体を引き起こす何らかの物質が横分体の中に存在するかどうか調べた。その結果、通常は温度の低下により変体が誘導されるが、横分体を与えたポリプは温度低下なしでも変態した。そこで横分体から出た何らかの物質が変体を引き起こすと結論づけ、原因遺伝子の特定に取りかかった。
横分体の段階でのみ発現する遺伝子を特定した結果、3種類の候補遺伝子を特定。中でも特にCL390と名付けられた遺伝子は、横分体で発現し、水温が下がると発現のスイッチがオンとなり、低温状態が長く続くと発現が強くなる、というポリプからクラゲへの変体誘導に重要な全ての条件を満たしていた。
そして、ポリプの変体には一定期間低温状態が継続することが必要だということも分かった。このことは、食べ物が少ない冬季に、ポリプがクラゲへと変態するのを防いでいると考えられる。そして、CL390遺伝子は水温が十分に長い期間低下していることをポリプに伝えるためのタイマー、つまり、冬が終わりに近づき、変体の時期が到来したことを知らせる「目覚まし時計」としての役割を果たしていることが示唆された。
この研究は変体メカニズムの解明に貢献するだけにとどまらず、実用面でも役に立つことが期待される。例えば、近年クラゲの大発生が漁業に悪影響を与えているが、今回発見した変体誘因因子を利用してポリプからクラゲへの変体を抑え、クラゲの大発生を防ぐことが可能になるかもしれないという。海に漂うなんとも不可思議なクラゲだが、成体になるためのタイマーまで体内にセットしてあったとはなんとも準備のいいことだ。カールツリン氏らの今後の研究成果により、さらなる海の不思議が解き明かされることが楽しみだ。(編集担当:横井楓)