自由貿易は「開放」から「信頼」へ 欧州が描く新しい経済安全保障

2026年06月19日 16:51

経済同友会イメージ

世界経済は「最も安く作る競争」から「信頼できる国とつながる競争」へ。欧州が掲げる「made with common values」は、自由貿易と経済安全保障を両立する新たな国際ルールの方向性を示しています。(画像はイメージ)

今回のニュースのポイント

経済同友会が公表した最新の欧州ミッション報告書によると、欧州連合はロシアへのエネルギー依存、米国への安全保障依存、中国への市場・労働力依存という三つの依存構造が機能不全に陥ったとの危機認識を出発点に、「脱炭素・産業競争力・経済安全保障」を同時に成立させる戦略へ移行しつつあります。通商政策も単純な開放か保護かではなく、誰と、どの分野で、どこまで依存し合うかを再設計する段階に入っています。その象徴として、域内生産を意味する「Made in Europe」に対し、価値観を共有するパートナーとの連携を前提とする「made with common values(共通の価値観に基づく生産)」という新たな考え方が示されました。日本は最も信頼できるパートナーと位置付けられたうえで、重要鉱物やデジタル・サイバー、宇宙、先端素材などでの協力が期待されています。

本文
 世界経済を支えてきた自由貿易のあり方が、大きな転換点を迎えています。報告書は、欧州連合の政治的・経済的自立の背景として、ロシアへのエネルギー、米国への安全保障、中国への市場および労働力という三つの依存関係が地政学リスクの高まりの中で機能不全に陥ったという強い危機認識を挙げています。そのうえで、欧州は従来の規範重視から、産業競争力と経済安全保障を重視する戦略的自立へ舵を切りつつも、脱炭素政策を後退させるのではなく、エネルギー自給率向上や産業基盤再構築と結び付けて新たな政策体系の中に位置づけ直していると整理しています。

 つまり、自由貿易を完全にやめるのではなく、脱炭素・産業競争力・経済安全保障という三つの政策目標を同時に実現する形で通商・産業政策を組み替える試行錯誤の途上にあり、その内実には加盟国や産業界との調整負荷、およびコスト増を伴うことも指摘されています。

 欧州委員会が公表した「産業加速法(Industry Acceleration Act)」は、電気自動車や太陽光、ヒートポンプなど低炭素分野で域内需要の拡大とメイド・イン・ヨーロッパを強力に後押しする一方で、自由貿易を否定するのではなく、経済安全保障との整合を図りつつ通商秩序を再設計する試みと位置づけられています。報告書は、世界貿易機関の機能不全や既存の二国間自由貿易協定の限界から、誰と、どの分野で、どの程度の相互依存を許容するかが通商政策の中心課題となりつつあるとし、重要鉱物など戦略分野で価値観や安全保障上の利害を共有する国・地域とのテーマ別連携を重視する動きが強まっていると指摘します。

 その象徴的な対比として示された「共通の価値観に基づく生産(made with common values)」は、最も安い国で大量生産する従来のグローバル化から、信頼できる国とサプライチェーンを共同構築する、いわば「自由貿易2.0」とも呼べるような転換を示すキーワードになっています。

 こうした通商秩序の再編において、欧州側は日本を最も信頼できるパートナーとして繰り返し位置付けており、日本の強みは単なる技術力にとどまらず、利害調整を通じて制度設計と実装を結びつける「制度運用力」にもあると高く評価していると報告書は述べています。具体的な協力領域としては、重要原材料のサプライチェーン強靭化に加え、宇宙、デジタル・サイバー、先端素材、防衛関連を含むデュアルユース技術などが挙げられ、日本には完成品としての兵器そのものではなく、それを支える高付加価値素材や技術の提供、および宇宙開発パートナーとしての役割が期待されています。

 また、ブリュッセルでの会談では、日本は問題の一部ではなく解決策の一部であり、欧州の産業構造の一部として補完関係を築きたいとの認識が示されており、日本は価格競争ではなく、信頼性や制度運用力、および技術力で存在感を発揮するパートナーとして見られている姿が浮かび上がっています。

 通商秩序を巡る課題として、従来の多国間主義だけでは経済の安定性や供給網の強靭性を確保できないとの認識が広がり、テーマ別連携や価値観を共有するパートナーとの選別的な相互依存が重視されています。ここでは、価格・品質・納期といった従来の競争軸に加え、法の支配や透明な制度運営、供給網の信頼性、経済安全保障への配慮といった要素が競争力の一部として評価されつつあり、ルールを守る国や制度を運用できる国であること自体がパートナー選定の条件になりつつあると読み取れます。

 欧州内ではエネルギー価格の高止まりや規制負担への不満も強いものの、依存関係のコストと独立のコストを比較しながら安全保障とビジネスの共生を模索しており、そのプロセスに日本が制度運用やルール形成の面から関与する余地があると報告書は示唆しています。国際通商の現場では、単に競争相手を選ぶ時代ではなく、信頼できるパートナーを選ぶ時代へ移行しつつある傾向が鮮明になっています。

 日本としては、こうした欧州の制度を単なる与件として受け入れるのではなく、産業加速法や重要原材料法、国境炭素調整措置(CBAM)などの個別規制の設計段階から関与し、日本企業にとって排除的な障壁とならないよう実務的な観点を踏まえた制度設計を継続的に求めていく必要があると提言しています。

 ドイツの議論でも、欧州連合レベルで合意された政策が各国の政治・社会要請を受けて実装段階で調整され続ける可能性が指摘されており、これは日本企業にとってリスクであると同時に、ルール形成と運用の初期段階から関与できる機会でもあると整理されています。

 そのため、日本としては欧州との連携を単なる市場アクセス拡大の手段ではなく、国際ルールづくりやサプライチェーン構築に主体的に参加することで、自国の強みを戦略的に位置づけるプロセスそのものを競争力とみなす発想が求められると報告書は結論づけています。(編集担当:エコノミックニュース編集部/Editorial Desk: Economic News Japan)