東芝は、時間とともに変化する環境に対応する量子インスパイアード・リアルタイム・ブラックボックス最適化技術を開発。無線基地局制御を想定した評価では、平均38.5ミリ秒周期で制御条件を更新し、平均総通信スループットを従来手法比21%向上させた。
今回のニュースのポイント
株式会社東芝は9月4日、対象の内部状態を直接把握できず、かつその状態が時間とともに刻々と変化する環境に対応する「量子インスパイアード・リアルタイム・ブラックボックス最適化技術」を開発したと発表しました。移動する利用者の位置情報を直接観測・把握しない条件で行われた無線基地局制御を想定した評価において、37の基地局が採り得る約2.03×10の35乗通り規模の送信パターンの組み合わせから最適な制御方針を探索。制御条件を平均38.5ミリ秒周期で更新しながら、従来手法と比較して平均総通信スループットを21%向上させる成果を確認しました。研究論文は9月3日付で英国の国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。
■ 利用者の位置を直接知らずに基地局を制御
今回の技術の核心にあるのが、制御対象の内部構造やメカニズムが不透明な状態でも最適な制御手法を探し出す「ブラックボックス最適化」と呼ばれる手法です。
ブラックボックス最適化は、制御対象の内部状態に関する情報を必要とせず、対象に加えた操作と、その結果として観測された応答の情報をもとに、望ましい制御を探る手法です。移動する利用者の位置を直接把握・観測することなく、基地局の電波出力や方向を調整した結果得られる通信品質のデータから、次の制御方針を決定していくアプローチをとります。
■ 従来技術の弱点は「環境が変化する」こと
組み合わせ最適化を扱う従来のブラックボックス最適化アルゴリズムには、対象の内部状態や試行結果のルールが固定されており変化しないことを前提とする限界がありました。
しかし、実際の社会環境では通信利用者が絶えず移動するほか、デジタル広告におけるユーザー選好の変化、市場における商品需給の変動など、最適化の対象そのものが刻々と変化し続けます。東芝はこの課題に対し、過去の古い評価データを順次除外する「スライディングウィンドウ」、過去の予測モデルの影響度を減衰させる仕組み(forgetting mechanism)、さらに未知の制御パターンへの積極的な探索を促す仕組み(exploration incentive)の3つを導入しました。これにより、変化し続ける動的環境の追跡と最適化を両立させています。
■ 37基地局で「9の37乗」の組み合わせ
東芝が実施した無線基地局制御の評価モデルでは、制御のスケールと難易度の高さを示す具体的な数値が提示されています。
評価モデルでは37箇所の基地局が配置され、各基地局が電波の照射方向や送信電力が異なる9種類の送信パターンから1つを選択します。この時、システム全体で発生する制御パターンの総組み合わせ数は9の37乗(約2.03×10の35乗)通りという膨大な探索空間となります。本技術はこの天文学的な選択肢の規模の中から、各基地局間の電波干渉の影響を考慮しつつ、通信網全体のパフォーマンスが最大となる組み合わせを検索します。
■ 平均38.5ミリ秒で更新、通信量21%向上
東芝はアルゴリズムの高速化にあたり、同社が独自開発している組み合わせ最適化計算機「Simulated Bifurcation Machine(SBM)」を計算基盤として活用しました。
SBMと新たに開発した動的ブラックボックス最適化アルゴリズムを組み合わせることで、試行と結果観測のループを高速回転させることに成功しました。基地局のリアルタイム制御を想定した評価において、制御条件を更新するサンプリング周期は平均38.5ミリ秒を記録しました。さらに、従来の最適化手法と比較して、エリア全体の「平均総通信スループット」が21%向上することを確認しました。
■ 「量子コンピュータを使った」わけではない
なお、本発表における技術的ステータスを正しく把握するうえで、計算基盤である「SBM」の性格を整理することが重要です。
SBM(Simulated Bifurcation Machine)は、東芝が独自開発する量子インスパイアード型の組み合わせ最適化コンピュータです。今回の技術では、新たなブラックボックス最適化アルゴリズムと、低遅延・高速な最適化処理を行うSBMを組み合わせています。量子コンピュータそのものを用いた実験ではなく、量子インスパイアード技術を活用した成果です。
■ 通信だけでなく広告、ダイナミックプライシングへ
東芝は今後、今回開発したアルゴリズムおよび組み込み型SBMを活用し、通信システムの制御にとどまらない幅広い産業領域への応用を進める方針です。
具体的には、利用者の反応が時間とともに変化するデジタル広告の推薦システムや、市場環境の変動に追従するダイナミックプライシング(変動価格制)など、リアルタイム性と動的変化への対応が求められる領域での実証と社会実装を目指します。無線基地局のリアルタイム制御を想定した評価で確認された平均38.5ミリ秒のサンプリング周期と、平均総通信スループット21%向上という成果を、実際の通信システムや他分野へどう展開していくかが今後の確認点となります。(編集担当:エコノミックニュース編集部/Editorial Desk: Economic News Japan)













