スタートアップ融資の新制度、株主保護に課題 日銀金融研究所の論文が指摘

2026年11月06日 13:44

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スタートアップ企業の事業活動を表現した画像。企業価値担保権を巡り、日本銀行金融研究所が公表した論文では、融資を行う金融機関と既存株主の権利調整が課題として取り上げられた(画像はイメージ)

今回のニュースのポイント

2026年5月に施行された企業価値担保権について、日本銀行金融研究所が公表した論文(小川紘一弁護士、山本慶子氏執筆)は、スタートアップ融資において金融機関と既存株主の利害対立が生じる課題を指摘しました。担保権実行時の事業譲渡では会社法上の株主総会決議が不要とされ、債務超過が明らかでない場合でも株主の関与が制限される論点を分析。資金調達を促進するためには、裁判所の許可を通じた公正な株主保護手続が重要だと提起しています。

本文
 日本銀行金融研究所が2026年11月に公表した論文において、企業価値担保権を利用したスタートアップ融資における金融機関と既存株主の利害対立に関する法的分析が示されました。論文は、弁護士の小川紘一氏と日銀金融研究所の山本慶子氏による「スタートアップ企業における株主と企業価値担保権」です。2026年5月に施行された企業価値担保権制度は、技術やノウハウ、顧客基盤といった無形資産を含む事業全体の価値を担保として評価し、有形資産に乏しい企業の資金調達を支援する手段として期待されています。一方で両氏は、担保権の設定時や実行時において、融資を行う金融機関と、ベンチャーキャピタル(VC)をはじめとする既存株主との間で権利上の対立が生じ得ると指摘しました。

 企業価値担保権は、2024年6月に成立した「事業性融資の推進等に関する法律」により創設され、2026年5月25日に施行された制度です。従来の不動産担保と異なり、無形資産を含めた会社の総財産を一体的な担保対象とすることで、成長企業の資金調達を後押しします。制度上は信託契約を用いる仕組みが採られ、借り手企業が委託者、信託会社などが受託者兼担保権者、貸し手の金融機関が受益者となるのが基本形です。ただし、貸し手が1先の場合には、その金融機関自身が担保権者となることも想定されています。金融機関には融資後のモニタリングや経営改善支援を通じて企業価値を高める役割が期待されています。ただし、担保権の設定によって金融機関が直ちに会社の経営権や株式を取得する制度ではなく、債権保全と事業継続を両立させる枠組みとして設計されています。

 担保権の設定時における利害対立について、論文は取締役会の権限と既存株主の関与の観点から整理しています。法律上、取締役会設置会社における担保権の設定は原則として取締役会決議事項とされています。しかし、スタートアップ企業ではVCなどの投資家が種類株式を保有していたり、株主間契約で重要事項の事前承諾を求めていたりすることが一般的です。両氏は、定款に拒否権条項がある場合と、株主間契約に基づく事前承諾条項がある場合を区別して分析しました。定款上の種類株主総会決議を欠いた担保権設定は無効になると解される一方、株主間契約の条項に違反した場合は契約責任が生じるにとどまり、設定行為そのものが当然に無効となるわけではないという法的差異を指摘しています。

 論文がより大きな課題として取り上げるのが、担保権の実行局面です。企業価値担保権の実行手続きでは、裁判所の関与のもとで管財人が事業を継続しながら譲渡先を探し、事業譲渡による代金を債権者への配当に充てることが想定されています。通常、会社法では、事業の全部または重要な一部の譲渡について株主総会の特別決議が必要となり、一定の要件のもとで反対株主に株式買取請求権が認められます。しかし、事業性融資推進法第157条第6項の規定により、担保権実行としての事業譲渡には会社法上の株主総会決議や株式買取請求権に関する規定が適用されません。裁判所の許可を経て進められる法的手続きであるものの、株主が事業譲渡の意思決定に直接関与する機会が制限されている点が浮き彫りとなっています。

 この問題の核心として論文が提示するのが、担保権実行による事業譲渡において債務超過が要件とされていない点です。実質的な債務超過に陥り、株主の経済的価値が失われている状況であれば株主総会決議を不要とすることにも合理性があります。しかし、債務超過かどうかが明らかでない段階で担保権が実行される場合、株主にはなお残余利益が存在している可能性があります。そうした状況下で株主総会決議や株式買取請求権が認められないとすれば、株主の権利保護が不十分になる懸念が生じます。小川氏と山本氏は、事業譲渡に際して求められる裁判所の許可を、株主の権利保護に資する実質的な手続き保障として位置付け、公正な事業譲渡を確保する必要性を論じました。

 企業価値担保権は、有形資産に乏しいスタートアップ企業に新たな融資の道を開く制度です。しかし、リスクマネーを供給するVCやエンジェル投資家などの出資も企業の成長には欠かせません。貸し手である金融機関の権利確保ばかりが優先され、出資者である株主の権利保護が軽視されれば、スタートアップ投資そのものが慎重化しかねません。論文は、金融機関だけでなく株主の権利にも適切な配慮を払うことが、結果としてスタートアップ企業の資金調達の促進につながると結論づけています。新制度の実務定着に向けては、融資契約や株主間契約の綿密な設計とともに、裁判所を通じた公正な手続き保障の確立が重要な論点となりそうです。(編集担当:エコノミックニュース編集部/Editorial Desk: Economic News Japan)