急速な高齢化社会を迎えた我が国において介護は大きな社会的課題となっている。その一方で新たな産業の創出機会という面から注目を集めている。その典型は、ビッグデータを利用して介護を支援する「見守り産業」である。例えば、日々の身体・生活情報をデジタルデータとして蓄積し、それを分析・活用することで、転倒などによる事故を未然に防ぐ、あるいは病状が現れる前に心身の不調をいち早く察知して医療費の削減につなぐことができる。
今回、国立研究開発法人 産業技術総合研究所 フレキシブルエレクトロニクス研究センター 先進機能表面プロセスチーム 野村健一研究員、牛島洋史研究チーム長 兼 同センター 副研究センター長、知能システム研究部門 スマートコミュニケーション研究グループ 鍛冶良作主任研究員、小島一浩研究グループ長は、島根県産業技術センター 有機フレキシブルエレクトロニクス技術開発プロジェクトチーム 岩田史郎主任研究員、今若直人プロジェクトマネージャー、次世代パワーエレクトロニクス技術開発プロジェクトチーム大峠忍プロジェクトマネージャーと共同で、非接触式の静電容量型フィルム状近接センサーを作製し、それを人の目に触れないところに設置して、使用者に精神的・肉体的な負担をかけることなく、人の動きや呼吸を検出できる技術を開発した。
今回開発したフィルム状近接センサーはフィルムのおもて面と裏面に電極が設置されたコンデンサー構造になっており、電極間に交流電圧をかけて用いる。おもて面と裏面の電極サイズが同じ場合、発生する電気力線は電極間に閉じ込められる傾向にあるが、電極サイズが異なると周囲に電気力線が漏れる。この状態で人がセンサーに近づくと、電気力線の一部が人の方向に向くため電極間の静電容量が変化する。これにより、人の接近を検出する。
その際、電気力線が一般的な床材やベッドマットなどで遮蔽されない周波数(今回は200 kHzを使用)の交流電圧をかけると、センサーが「物体の裏側に隠れている状態」でも、おもて側での人の接近を検出できる。なお、この動作原理自体はスマートフォンやタブレットなどで用いられる静電容量型のタッチパネルとほぼ同じであるが、今回開発したフィルム状センサーは触れないでも接近するだけで動作するという。
両面に電極を持つ構造を印刷で作製するには、まず、電極の材料となる導電性のインクをおもて面に印刷し、その後加熱してインクを焼成した上でシートを裏返して裏面に印刷し、さらに裏面のインクを焼成するという手順が考えられる。しかし、これでは、時間がかかる加熱焼成(インクの種類にもよるが短くても数分間は必要とされることが多い)を2回も行う必要がある。作成プロセスの時間を短縮するためにも、1回の熱処理で2つの電極を焼成できることが望ましいという。
今後、次のステップとして、これらのセンサーから集めた測定データをもとに、事故や病気の予兆を捉える技術を確立していく。その足掛かりとして、島根大学医学部附属病院 礒部 威 教授と関連技術について実証試験を行う方向で検討を開始した。現状、センサーからのデータは、大きなサイズの計測装置(約33×12×18 cm3)につないで取得しているが、試験時の安全性や実用面を考慮してシステムの小型化と無線化の検討を行っている。(編集担当:慶尾六郎)