今回のニュースのポイント
法務省の検討会は、生成AIによる肖像や声の無断利用を巡る民事責任について、143ページに及ぶ報告書をまとめました。報告書では人の「声」もパブリシティ権の保護対象になり得ると示し、AIによる歌手や声優そっくりの音声生成や、有名人の声を売り物にしたAIサービスの提供行為自体も権利侵害となり得る考え方を提示。一律のAI規制ではなく、既存の判例や法律に基づき、民事責任が生じ得る場面や考え方を整理した報告書です。
■「自分が言っていない言葉を、自分の声が話す時代」
生成AI技術の飛躍的な進歩により、私たちの「声」を取り巻く環境は劇的な変化を迎えています。本人が一度も話していない文章を本人そっくりの声で朗読させる、歌ったことのない楽曲をAIに歌わせる(AIカバー)、さらにはその合成音声をSNSで公開・販売するといった行為が容易に行えるようになりました。
この現状に対し、声優や歌手などの表現者業界からは強い危機感が示されてきました。山寺宏一氏や中尾隆聖氏ら有志声優が参加した「NOMORE無断生成AI」などの運動でも、無断生成された声がネット上で公開・販売されている実態が問題提起されていました。こうした取り組みは技術の否定ではなく、表現者とAIが健全に共存するためのルール作りを求めたものでした。
法務省の検討会が公表した143ページに及ぶ取りまとめ報告書は、まさにこの曖昧だった法責任の境界線について、既存の判例や法律に照らし体系的な整理を行ったものです。
■なぜ「声の権利」は分かりにくかったのか
現行法において声質それ自体が著作物として著作権で保護されるわけではありません。著作権は「思想または感情を創作的に表現したもの」を保護する権利であり、声という物理的な音質そのものは創作物とみなされないためです。
そのため、声の無断利用に対抗する法的根拠としては、以下の3つが交錯し、どこからが民事上の違法(不法行為)になるのかが不明確でした。
1.パブリシティ権(肖像等の有する経済的・商業的価値を保護する権利)
2.肖像等をみだりに利用されない権利(人格的・精神的利益を保護する権利)
3.不正競争防止法(周知・著名な表示の冒用や混同を防止する法律)
報告書では、最高裁のリーディングケースである「ピンク・レディー事件判決(2012年)」の判断枠組みをベースに、これらの法的構造を整理しています。パブリシティ権とは、有名人の顔や名前が持つ「顧客を引きつける力(顧客吸引力)」を本人が排他的に利用できる権利です。
■法務省の整理――「声」もパブリシティ権の保護対象に
最大のニュースポイントは、人の「声」もパブリシティ権の保護対象に含まれると明記した点です。
最高裁判決が示した「氏名、肖像等」という文言の「等」には「声」が含まれると解するのが妥当であると整理されました。声は人物識別情報であり、「個人の人格の象徴」だからです。
声優や歌手などでは、その声自体が人物を識別する手掛かりとなり、顧客吸引力を有する場合があります。報告書は、声の持つ経済的価値の無断利用についても、利用の目的や態様などによってはパブリシティ権侵害として民事責任が生じ得るとの考え方を整理しました。
■では「声まね」は全部ダメなのか――答えはNO
報告書(27ページ)の整理によると、バラエティ番組などの声まねや物まね芸は「直ちにパブリシティ権侵害には該当しない」とされています。一般的な物まねは芸人自身の識別情報を明示して行われており、顧客が楽しんでいるのは「演者の芸の力」だからです。
ただし例外として、演者自身の氏名等を明示せず、顧客吸引力のある本人の声と類似するものを使用し、「顧客によって本人であると誤認・誤解されるような場合」には、パブリシティ権侵害となる余地があると指摘しています。
■AIカバーはどこから問題になるのか(想定事例2)
報告書の「想定事例2(93ページ〜)」に当てはめると、AI生成音声の違法性の境界線が具体的に見えてきます。
・具体的事例(報告書が設定したケース)
・歌手Xに似たAI歌声で別の楽曲を歌わせ、SNSで公開して収益を得るケース。
・声優Xが演じるアニメキャラクターCに似たAI歌声で曲を歌わせ、「CにBの曲を歌わせてみた」とタイトルを付してSNSで公開・収益化するケース。
報告書では、これらはいずれも視聴者が「本人の歌声を聞くこと」を主要な目的として鑑賞していると評価できる場合、本人の声そのものを独立して鑑賞対象とする「第1類型」のパブリシティ権侵害に該当し得ると整理しています。本人の声と完全に同一でなくても、声の類似性に加え、タイトルや公開された文脈などの付加情報を総合して、本人の声だと識別できるかが判断要素となります。
■AI事業者の責任――原則と例外、そして共同不法行為
報告書はまず、「生成AIのモデルやサービスそのものは『肖像等』ではなく、サービス提供行為が直ちにパブリシティ権侵害に当たるわけではないのが原則」と置いています。汎用的なAIツールを提供しているだけで直ちに事業者が違法とされるわけではありません。
しかし、「著名人の〇〇さんの声が簡単に作れます」といった容易性をセールスポイントにして有償提供するケースでは、サービス提供行為自体がパブリシティ権侵害と評価される可能性があります。また、利用者による権利侵害コンテンツの生成・公開について、AI事業者の行為が侵害結果にどのように寄与したかなど、具体的事情によっては、共同不法行為として損害賠償責任を負う可能性についても検討しています。
■「AIに学習させただけ」で違法と言えるのか?
AIモデルの開発段階で特定人物の声を学習させる行為(99〜100ページ)について、報告書内では「侵害と評価できるのではないか」という意見と「侵害に該当すると考えるのは困難ではないか」という両論が併記されています。つまり、公開・販売や特化型AIの提供は条件次第で民事責任が生じ得ると整理する一方、「AIの学習行為そのもの」を一律に違法と整理したわけではありません。
■性的ディープフェイクでは人格権侵害の可能性も
報告書(想定事例3)では、声優や俳優の声を無断利用して「性的・わいせつな音声」を生成・公開する悪質なケースも検討しています。こうしたケースでは、経済的価値を守るパブリシティ権だけでなく、「肖像等をみだりに利用されない権利(人格権)」や「名誉感情」の侵害が問われます。
こうした利用が本人の人格的利益を侵害し、社会生活上の受忍限度を超えると評価される場合には、不法行為として損害賠償責任などが生じ得ます。報告書は著名人だけでなく、一般人の声などが無断利用された場合についても検討しています。
■「声」のルール整備へ向けた着実な一歩
今回の報告書は一律にAI技術を禁止するものでも、新たな規制法でもありません。既存の法律に照らし、どのような場合に民事責任が生じ得るかについて、解釈の予測可能性を高めるために整理したものです。
今回の整理は、今後、本人の同意やライセンスに基づくAI音声利用を検討する事業者にとっても、権利処理を考える上で一つの重要な材料となりそうです。今回の報告書は、その境界線を既存の判例や法律に照らして体系的に整理したものといえそうです。(編集担当:エコノミックニュース編集部/Editorial Desk: Economic News Japan)













