賃上げの裾野広がる一方、伸び率の差も拡大 大企業・都市部で顕著

2026年09月02日 12:09

画・賃上げ、8割の企業で実施。初任給は2割半増し。理由は人材確保、離職防止。

働く人々(イメージ)。2024年は7割を超える属性グループで実質時給の伸びがプラスとなる一方、賃金伸び率のばらつきも拡大した。

今回のニュースのポイント

2023年以降、春闘での大幅賃上げなど賃金を巡る環境は大きく変化しています。しかし、その上昇は働く人に一様に広がっているのでしょうか。内閣府経済社会総合研究所(ESRI)が公表したディスカッション・ペーパー「賃金伸び率のばらつきの動向」(神林龍・武蔵大学教授、上野有子・一橋大学大学院教授)は、性別・年齢・学歴・業種・企業規模・地域の6つの属性が同じ雇用者グループ(セル)ごとに実質賃金の変化を分析しました。その結果、2024年には7割を超える属性グループで実質時給の伸びがプラスとなり賃上げの裾野が広がった一方、上昇率のばらつきも急拡大していることが判明しました。特に企業規模間や地域間の賃金伸び率の違いが、ばらつき拡大に大きく寄与しています。

本文
 2023年以降、春闘の妥結額などで高い賃上げ率が報じられ、長年停滞してきた日本の賃金構造に大きな転換期が訪れています。一方で、その上昇の波がどこまで広がっているのか、「平均値」だけでは見えにくい実態に注目が集まっています。

 内閣府経済社会総合研究所(ESRI)から発表された研究論文「賃金伸び率のばらつきの動向」は、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」の調査票情報を活用し、賃金の変化を詳細に分析しました。分析対象は20~64歳の正社員・正職員の一般労働者です。性別、年齢階層、学歴、業種、企業規模、地域の6つの属性から細かく区分したグループ(セル)を作成し、所定内給与を所定内労働時間で除した時給をCPI「帰属家賃除く総合」で実質化し、各グループにおける実質時給の中央値が前年からどのように変化したかを分析しています。

 分析によると、2000年代半ば以降、実質時給の伸びがプラスとなった属性グループの割合はおおむね50%前後で推移してきました。しかし、2024年には観測数が十分な673セルのうち7割を超える属性グループでプラスとなり、実質ベースで賃金が上昇するグループの裾野が大きく広がったことが示されました。

 その一方で、浮き彫りになったのが「伸び率のばらつき」の拡大です。2024年における属性グループ別の実質賃金伸び率の分布を見ると、中央値はプラス1.9%となったものの、75%点はプラス5.3%に達した一方、25%点はマイナス1.2%にとどまりました。全体の真ん中に位置するグループは1.9%の上昇であったのに対し、高い伸びを示すグループが増えた一方で、依然として実質時給が減少しているグループも存在し、上昇率の乖離(四分位範囲6.5ポイント)が顕著になっています。

 この「ばらつき」の推移を時間軸で辿ると、賃金伸び率のばらつきは1990年代後半以降、おおむね縮小方向にあり、2006年以降も2010年代末まで縮小傾向が続きました。コロナ禍でいったん拡大し、2022年に低下したものの、2023年以降は再び上昇し、2024年には2006年の水準を初めて上回りました。

 このばらつき拡大に特に大きく寄与しているのが「企業規模」と「地域」です。

 企業規模別では、従業員1000人以上の大企業において、2023年以降に賃金伸び率のばらつきが急拡大しました。一部の属性で高い伸びを示すグループが現れた結果、分布全体が高伸び側へシフトしたものの、大企業の中でも伸び率が低いグループが存在し、ばらつきが広がっています。他方、中堅・中小企業では大企業ほどの分散拡大は見られず、特に中小企業では2024年時点で高い賃金上昇を示すグループがほとんど存在しないことが指摘されています。

 地域別では、大都市圏(A地域)で賃金伸び率のばらつきが大きく拡大したのに対し、地方部(C/D地域)では低水準なまま推移しています。研究では、規模の大きい企業が集積する都市部で一部グループの賃金上昇が先行して強まった結果としてばらつきが拡大した一方、地方部には「まだそうした変化が波及していない可能性」があると言及されています。

 研究では、2023年以降に労働市場の需給動向が賃金上昇に反映されるなか、企業規模間や地域間の伸びの違いがばらつき拡大に大きく寄与していると分析しています。その背景として、企業規模や地域によって「賃上げ体力」の差が大きくなっている可能性を挙げています。

 なお、約20年間の長期的な変化(2006~2024年)を見ると、2006年時点で賃金水準が低かったグループほどその後の平均実質賃金上昇率が高いという「底上げ」の動きも確認されました。研究では、この背景として、2000年代末以降の最低賃金の伸びが低賃金グループの賃金底上げにつながった可能性などを挙げています。

 連合による2025年春闘の最終集計では、全体平均で5.25%の賃上げとなった一方、300人未満の中小組合は4.65%と差が見られました。

 2024年には7割を超える属性グループで実質時給の伸びがプラスとなり、賃金上昇の裾野に広がりがみられました。しかし同時に、大企業や都市部などで「伸び率のばらつき」も拡大しています。今後は単に「平均で何%上がったか」という指標だけでなく、その上昇の波が中小企業や地方、さまざまな属性の働く人々へどこまで広く波及していくのかを注視する視点が不可欠です。(編集担当:エコノミックニュース編集部/Editorial Desk: Economic News Japan)

※本記事で紹介した研究論文(ESRI Discussion Paper Series No.407「賃金伸び率のばらつきの動向」神林龍・武蔵大学教授、上野有子・一橋大学大学院教授)で示された内容や見解は筆者個人によるものであり、内閣府経済社会総合研究所の公式見解を示すものではありません。また、本研究は同属性グループの中央値の変化を分析したものであり、個々の労働者を追跡したパネルデータではないことに留意が必要です。