今回のニュースのポイント
米国の追加関税措置を単一の政策として捉えると、その法的リスクや今後の進展を読み誤るおそれがあります。トランプ米大統領は2026年8月22日、1930年関税法338条を根拠とし、カナダからの輸入品の一部に対して50%の追加関税を発動しました。338条に基づく追加関税の発動は、1930年の制定以来、米国史上初めてです。同条文には最大50%の追加関税に加え、一定の場合における「輸入禁止」も法律上規定されていますが、これは法律上規定された権限であり現時点で輸入禁止が決定されたわけではありません。一方、USTR(米通商代表部)は2026年3月、製造業の過剰生産能力問題をめぐり日本を含む16カ国・地域を対象とする301条調査を開始しています。米政府が保有する複数の通商権限と、企業が監視すべき先行指標を整理します。
本文
米国政府が外国製品に対して課す追加関税は、単一の法律に基づくものではなく、目的や対象、手続が異なる複数の法的根拠が存在します。一部の関税措置が司法判断や相手国との交渉によって制約を受けたとしても、米政府には異なる通商権限が存在するため、それぞれの仕組みを正しく把握することが重要です。
米国の通商政策で用いられる主要な根拠法には、「1974年通商法301条」「1962年通商拡大法232条」、そして今回初めて適用された「1930年関税法338条」があります。
301条は、外国政府による不合理または差別的な政策・慣行が米国の通商を侵害しているかを評価し、是正を求める制度です。USTRが担当し、調査過程ではパブリックコメントの募集や公聴会の開催が求められます。制度上の調査手続きを経て対応する仕組みであり、実際の事例としてUSTRはブラジルに対する約1年間の調査や公聴会などを経て、2026年7月に一部のブラジル製品へ25%の追加関税を決定しました。
232条は、特定品目の輸入が米国の国家安全保障を損なうおそれがあるかを評価する制度です。商務省が調査を担当し、商務長官が輸入による国家安全保障への影響について調査結果と勧告を大統領に報告し、大統領が措置を判断します。
これらに対し、338条は外国が米国産品に対して不当な制限や差別的措置を課していると大統領が認定した際に対抗措置をとる法律です。各制度の概要は以下の通り整理できます。
【米国における主要な追加関税根拠法の比較】
・1974年通商法301条
主な入口:不合理・差別的政策など
事前調査:USTRによる調査あり
意見公募:制度上あり
追加関税率の上限:規定なし
・1962年通商拡大法232条
主な入口:輸入の国家安全保障への影響
事前調査:商務省による調査あり
意見公募:法律上必須ではない
追加関税率の上限:規定なし
・1930年関税法338条
主な入口:外国による米国への差別的措置
事前調査:明確な規定なし(※USITCの報告・勧告義務に関する規定あり)
意見公募:規定なし
追加関税率の上限:50%
1930年関税法338条は、法律として制定されてから96年間にわたり実際の追加関税発動に至った前例がありませんでした。同条文は、外国が米国産品に不当な制限を課したり、他国製品よりも不利な扱いを行ったりしていると大統領が認めた場合、その不利益を相殺するために最大50%の追加関税を課すことができると規定しています。2026年8月22日のカナダ産品に対する布告では、この上限に達する50%の関税率が指定されました。
さらに338条の法文上には、追加関税を課しても相手国が差別的措置を維持・強化した場合、大統領はその国からの対象製品の輸入自体を禁止できる権限も明記されています。また、差別的措置によって利益を得ている第三国からの輸入に対しても関税を課す規定が含まれています。ただし、これらは法律上に定義された権限であり、現政権が実際に輸入禁止措置等の発動に着手するかどうかは別個の政策判断となります。
実務上の特徴として、301条や232条では政府機関による事前調査のプロセスが定められているのに対し、338条には政府機関による事前調査の要否について明確な規定がなく、事前意見公募についても規定されていません。そのため、布告から短期間で適用することが可能とされており、企業側の対応時間が短くなり得る特性を持っています。
この通商対応の動きは日本企業にとっても無関係ではありません。USTRは2026年3月11日、製造業における構造的な過剰生産能力および過剰生産をめぐり、301条に基づく調査を開始したと公表しました。対象には中国やEU、韓国、メキシコなどとともに日本を含む16カ国・地域が指定されています。USTRは各国との協議や意見募集、公聴会などを経てどのような措置を取るべきかを調査する段階であり、現時点で日本への関税発動が決まったわけではありません。また、この調査がただちに338条の適用に直結すると捉えることもできません。
また、338条が今後の通商問題をすべて解決する手段となるわけではありません。同条文にはUSITC(米国際貿易委員会)が外国の差別的措置を調査し大統領へ報告する規定も並列して存在するため、事前調査なしでの即座な発動が法的安定性を有するかについては解釈が分かれています。
企業が米国関連の通商リスクを管理するにあたっては、「何%の関税が課されるか」という結果だけに注目するのではなく、「どの法律を根拠として手続きが進められているか」を観察することが重要です。301条であればUSTRの調査開始発表や公聴会の日程、232条であれば商務省による安全保障調査の動向、338条であれば大統領による差別的措置の認定や布告が、それぞれリスクを察知するための異なる先行指標となります。根拠法の違いに基づいた情報収集が求められます。(編集担当:エコノミックニュース編集部/Editorial Desk: Economic News Japan)













